おどおどした様子で俺に声をかける彼女は、姿はそのままでも中身は別人に見えた。
 誰だ、これは?と思わず自分の脳内で突っ込みを入れるほどに。
 以前のマリアなら冷たくあしらっただろうが、無下に断ったらひどく落ち込みそうな雰囲気だったし、ルーカスにも言われて仕方なく生徒会室で話を聞いてやると、彼女は婚約を破棄するよう俺に懇願した。
『あの……その……アレックス様からこ、こ、婚約を破棄してもらえないでしょうか?』
 強欲な彼女が俺との婚約破棄を望むなんて信じられなかった。
『それはダメだ。貴族達の勢力バランスを考えた上での婚姻だ。気まぐれで破棄することはできない』
 俺としても彼女と婚約破棄できれば好都合だが、俺はひとりの男である前に皇太子。
 私情で物事を決めてはいけない立場にある。
 冷淡に返すと、彼女は諦めずに訴えた。
『で、ですが、私は記憶を一部なくしています。将来の国母としては相応しくないかと』
 あの欲深いマリアの口から国母という言葉が出てきたのが驚きだった。
 記憶喪失によるものかとも思ったのだけれど、俺を見つめるその目も以前とは違う。
『あの……すみません。アレックス様しか頼れる人がいないのです』
 自分の教室がわからず、俺に尋ねる彼女の目はまるで迷子になった子犬のようだった。
 あの高飛車で自信満々に振る舞っていたマリアは一体どこへ行ったのか。
 なんだか調子が狂う。
 彼女はどこか不安そうで、もう適当にあしらうことはできなかった。
 だから、教科書を忘れた彼女を放ってはおけなくて俺のを見せたのだが、そんな俺の行動が面白かったのか、ルーカスに弄られた。
 今日は不意打ちで孤児院でマリアに会う。
 彼女が紙でいろんなものを作る折り紙を知っていることに驚いた。
 そしてなにより目を奪われたのは、マリアの笑顔。
 柔らかな笑みを浮かべる彼女が天使に見えた。
「……斬首刑って、なんか過激な夢を見てるね、マリアちゃん」
 俺の向かい側の席に座っている親友のルーカスの声がして、ハッと我に返る。
 彼に目をやると、マリアを見て目を光らせていた。
「それにしても、落馬事故以来、彼女変わったよね。以前は俺が『マリアちゃん』て呼ぼうものなら、ギロッと睨みつけてきたのに。頭打って性格変わったのかな?」
「さあ、どうかな」
 曖昧に返して、身につけていた外套を彼女にかける。
 確かに、以前とは別人だ。