「……アレックス様……私は……斬首刑です……か?」
マリアが俺の膝に倒れ込んで眠ったと思ったら、意味不明の言葉を呟いた。
「は?」
 斬首刑?
 わけがわからなくて、彼女の顔を見つめたまま首を傾げる。
 慰問に訪れた孤児院でまさか彼女に会うなんて思ってもみなかった。
 マリアはグレンヴィル公爵の娘で、俺の婚約者。
 だが、好きで結婚するのではない。
 父である国王が決めた結婚。正直言って、彼女のことは嫌いだった。
 家柄が申し分なく、容姿も綺麗なのは認めるが、それだけの女。
 高慢で自由奔放で、湯水のように金を使う彼女をどうしても好きになれず、一定の距離を置いていた。
 だが、彼女は婚約者という立場を利用して俺にしつこく声をかけてくる。
『アレックス様、一緒にお昼を食べましょうよ』
『劇を観に行きません?』
『お茶会にいらしてくださいよ』
 どれも断ったが、彼女は懲りずに何度も誘ってきた。
 もうその声を聞くのも苦痛に感じていた時、マリアが落馬したという一報を受けた。
 その知らせを聞いてもすぐに彼女の元に駆けつけなかったのは、俺にとってはどうでもいい相手でしかなかったから。
 ルーカスには『冷たい婚約者だな』って嫌味を言われたけれど、平気だった。
 だが、婚約者という手前そのまま放置というわけにもいかなくなり、マリアが目を覚ましたという報告を公爵から受けて、孤児院の慰問の帰りに公爵邸へ立ち寄ったのだ。
 そしたら、またマリアが落馬しそうになっていて、慌てて馬を並走させて助けた。
『ど、どなたか知りませんが、助けてくださってありがとうございました』
 彼女が俺に礼を言うが、その言葉を聞いて一瞬眉根を寄せる。
 どなたか知りませんが……?
 そういえば、公爵が事故の後遺症で記憶をなくしていると言っていたな。
 だが、それでも違和感がある。
 マリアは貴族の子弟と競えるくらい乗馬がうまかった。その彼女が記憶をなくしたくらいであんな初心者のような乗り方をするだろうか。
 落馬したから馬が怖くなった?
 考えられなくもないが、なにか引っかかる。
 久しぶりに学園に顔を出すと、マリアが俺を待ち構えていた。
『ご、ごきげんよう、アレックス様。ちょっとお話したいことがあるのですが、お時間いただけないでしょうか?』