ああでも、普段成瀬さんが使ってるシャンプーを借りるのって、なんか一気にこう、特別感が増すというか。私はにやける顔を抑えながら頭皮を洗いまくった。力が強すぎて皮膚を傷めるかと思った。それぐらい気合の入ったシャンプーだ。

 それをお湯で洗い流し、気分が高揚したまま棚を見たとき、一気に冷静にさせられた。

 コンディショナー……ない。

 シャンプーしかない!

 棚に置いてあるのは本当に必要最低限のもののみ。そりゃそうだ、あの成瀬さんがコンディショナーなんてしてるわけないじゃないか! めんどくさいもんね、ひと手間増えちゃうもんね! ってことは、シャンプーだけであの髪質を持っているのか? それ、狡い。

「うわあー! コンビニで買ってくればよかったあ!」

 私は半泣きでそう呟いた。
 
 もしかしたら大事な夜になるかもしれないのに、髪の毛キシキシだなんて! めそめそしながら体を洗い、お風呂から出る。服を着た後、以前一度使ったことがあるドライヤーを利用して髪を乾かした。水分が飛べば飛ぶほどわかる、コンディショナーの愛おしさ。指通りも悪いし広がってる。ああ、でもこれは自分のミスだなあ、成瀬さんが持ってるわけないって安易に想像ついたのに。

 私はがっくり気分を落としながらリビングへ戻った。入浴する前の気分の盛り上がりはどこへ行ったやら。

 てっきりソファで寝ているのかと思いながらドアを開けると、成瀬さんは珍しく寝そべっていなかった。彼はソファの上に胡坐をかき、ノートパソコンを膝の上に乗せていた。私を見てニコリと笑う。

「あ、おかえり」

「お、お先に頂きました……」

 成瀬さんが家の中なのにちゃんと起きてるなんて、珍しい。こう見ると仕事中の成瀬さんを思い出してドキドキしてしまった。軽快なリズムでキーボードを叩いている。仕事の残りだろうか。

「成瀬さん、コンディショナー持ってないんですね」

「あーそういえばそうだったね、なくて困った?」

「困りました、髪の毛に指が通りません! 成瀬さんはどうしてそんなにサラサラヘアなんですか!」

「はは、俺は短いからねーごめんごめん気づかなくて。明日薬局で買ってきてあげるよ」

 当然のように明日もここにいることが確定している。まあ分かっていたことだけれど、やっぱり成瀬さんの家に何泊もするなんていまだに心の準備が追いついていない。

 もじもじしている私をよそに、彼はあっと声を上げて顔を上げた。