低い声で成瀬さんが言った。あっと思い出し、私は頷いた。まだ大和のこと何も説明していなかった。

「あの日、成瀬さんが帰った後インターホンが鳴って、てっきりカレーを取りにきた成瀬さんだと思って開けちゃったんです。そしたら大和で……なぜかプロポーズとかしてきて、それはきっぱり断って追い返したんですけど、帰りにああして」

「もしかして噂も?」

「大和が私と結婚する、ってガセネタ流したみたいです。そのあとも家で待ち伏せされて……だから今は沙織、えーと同期の友達の家に泊まらせてもらってるんです。引っ越しを探してたのはそのせいで」
 
 私が説明すると、成瀬さんがゆらりと立ち上がった。すっと顔を上げた彼の表情を見て、なんだか固まってしまう。無表情、その中に怒りが燃え上がっているのが分かる、黒い顔だった。目には見えないが、肌に寒気を覚えるほどのオーラを感じる。ぶるっと震えた。

 成瀬さんのこんな顔初めて見た……ブラックだ。ブラック成瀬さん!

「本当にごめん、佐伯さん。一人で大変だったのに、俺は話も聞かないで」

「いえ、それは色々状況もあったので」

「へえ……なるほどねえ……佐伯さんにそんなことをやらかしてたのか……」

 ぶつぶつと小声で何かを呟いている。もやは全然キスどころじゃないんですが、私は何も声を掛けられずなんとなくその場で正座して待った。今余計なことを言ったら何か恐ろしいことが起こりそうだと思っていた。

 一人で呟いていた成瀬さんはしばらくして私を見た。そして無理やり口角を上げた。