だけど、牧原君が言ったことが、どうしても頭から離れなかった。

 弘樹が私を好き。かもしれない。

 琴未に相談すると、

「いま言わなくてどうするの、夕菜!」

 って言われたけど。
 弘樹とは一緒にお墓参りに行くくらいで、特に会話はない。

 受験が迫ってきて勉強に集中するようになって、少なくとも私は、他のことを考えてる余裕はなくなった。
 もちろん、奈緒のことは絶対に忘れない。
 卒業しても、大人になっても、ずっと忘れない。


 8月下旬の登校日。

 特に何も変わったことはなく、暑いからって冷たいものばっかり飲んでないか? とか、遊んでないで宿題は終わったか? とか、そろそろ受験校を決めただろうな? とか、担任からのそんな話だけですぐに解散になった。

「そういえば、2学期にすぐ文化祭があるよね。そんな場合じゃないんだけどなぁ」
「ほんとだね。なんか、もう、簡単なので良いよ」
「装飾とか、歌とか? 劇は絶対、無理だよね」
「うん。あ、そういえば、去年も装飾だったっけ?」

 琴未とそんな話をしながら、受験の話をしながら。
 もちろん、久々に会えたほかのクラスメイトたちとも話をしながら。

 簡単に掃除をして教室から出ようとすると、廊下で弘樹につかまった。

「なぁ、谷野、こいつ借りていいか?」
「え? ああ、どうぞ、ご自由に」
「ちょっと、なに、ご自由に、って」
「悪いな」

 そう言うと、弘樹は私の腕を強引に引っ張って。
 少し早足で、下駄箱のほうへ引っ張って。
 そんな私と弘樹を、琴未が「付き合えばいいのに」って見つめてるなんて、私が知ることはなくて。

 学校を出てからは、弘樹は腕を離してくれた。

「なに、どうしたの、弘樹……」
「ボディーガード」
「……へ?」
「いっぱいいたんだよ、屯してる奴らが」

 教室で琴未と話してる時には気にならなかったけど、廊下に私を狙った男子たちが屯してたらしい。

「俺がいなかったら、絶対、捕まってたぞ。あ、お礼は良いからな、俺も夕菜を使ったから」
「どういうこと?」
「こっちも、大変なんだよ……先輩の妹みたいな奴らが多くて」

 その先輩は、バレー部の斎鹿章人?
 とは聞かなかったけど、きっとそうだ。

 私には牧原君がいたけど。弘樹にも葉緒がいたけど。
 今はそのどちらもいなくて、私と弘樹は同じような立場になっていた。

「まぁ、それだけじゃねーけど……久々に夕菜と──」
「え? なに?」

 弘樹の最後の言葉は、車が横を通る音に消されて聞こえなかった。

「何でもねーよ」

 弘樹は笑いながら数歩先を歩く。
 久々に私と──何だろう。

 2人になりたかったとか? まさかね。
 お墓参りをしようと思った? こないだ別々に済ませたけど。

 弘樹がしばらく黙ってるから、私も気にしないことにした。
 でも、黙ってるのは気持ち悪くて、学校の話をした。
 クラスメイトの○○さんがね、とか。△△君が変なこと言っててね、とか。宿題が、とか。受験が、とか。

 笑いながら話した後、牧原君の話になった。

「あいつはさ……俺と夕菜を付き合せようとしてる気がするんだけど」
「え? ……ま、まさか! 気のせいだよ」
「そうだよな。そんなわけないよな」

 その言葉は、本心なのかな。
 弘樹の勘は、正しいんだけどな……。