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 17時30分を過ぎ、時計を確認した社員達が立ち上がる。

「お疲れ様でした」

「お疲れー」

「お疲れさん」

 次々に仕事を終えた社員がオフィスを出て行くが、美月の手がキーボードから離れることは無い。それを社員達も知っているからか、気にも留めない様子で帰っていく。19時を過ぎ、美月は誰もいなくなったオフィスで体をほぐすため両手を伸ばし伸びをした。

「そろそろ帰ろうか」

 独りごちて、美月はカバンを持ちオフィスを出た。会社の裏玄関から外に出ると、ふわりと温かい空気が肌を撫でた。5月の連休が過ぎ、夜になっても温かい時期になってきた事に気づいた。毎日仕事漬けで季節の変化に頓着になっていることに、少し溜め息が漏れた。

 家に着くと冷蔵庫からレタスとトマトを取り出しサラダを作る。それが終わると昨日作って置いた煮物をタッパーから出し電子レンジへ。それを待っている間にお湯が沸いたので、インスタントの味噌汁に湯を注いだ。煮物、味噌汁、サラダ、ご飯を机に並べれば立派な夕飯の完成だ。おっと、忘れてはいけないこれを……。美月は会社の帰りにコンビニで買った袋からビールの缶を取り出す。大きなビーズクッションに腰を下ろし、開けたビールを喉に流し込む。

「ぷっはー」

 思わず声が漏れる。

 私の数少ない幸せな時間。

 スマホをカバンから取り出し机に置くも、美月のスマホは三年前のあの日からプライベートでは鳴らない。時々なるスマホは会社からのみ。そのスマホが今日は珍しくなった。驚きつつスマホに手を伸ばすと、そこに表示されていたのは妹……智咲の名前だった。美月はスマホを手に取る前に、動きを止める。

 どうして今頃連絡を?

 美月は困惑し、固まり続けた。

 その間もスマホの着信音は鳴り続けていたが、しばらくすると着信音は消えた。

 スマホの着信音が消え、ホッと息を吐き出す。そこで安堵した反面、困惑と不安が押し寄せる。嫌な予感しかしない。しばらくすると、ピロンとスマホが鳴った。それは智咲からのメッセージだった。

『お姉ちゃん、もうすぐ誕生日でしょう。こんどの土曜日19時にレインホテルに来てね。待ってるから』

『行かない』

 すぐにそう返したが、数秒で返信が返ってくる。

『それでも待ってるから』

 美月は溜め息を付きながら返信を止めた。行かないのだから返信をする必要は無いと思い、スマホを机の上に置いた。

 智咲は一体何を考えているのだろう……。