美月は大和から指定されたホテルの部屋の前に立っていた。昨日の女子社員の声が耳にこびりついて離れない。

 あの話が本当だったら……。

 怖くて足がすくんで動けない。

 部屋の前で立ちすくんでいると、カバンに入れていたスマホが鳴った。スマホの画面をタップして左耳に押し当てると、いつもと変わらない大和さんの優しい声が聞こえてきた。

「美月大丈夫?もう着きそう?」

「…………」

 この人はいつから私を名前で呼ぶようになったのだろう。

「美月?」

 なぜか今、そんな事を思った。

「美月?」

「あっ……はい。今、廊下にいます」

 そう言うと目の前の扉が開き、優しい笑顔が現れる。

 いつもの大和さんだ。

 美月が部屋の前で立ち尽くしていると、大和に腕を引っ張られながら部屋へと促され、そのまま抱きしめられた。

「美月、遅いから心配したよ」

 そう言いながら大和さんが頭や額にキスを落としてくる。奥さんのいる人が、こんなことをするだろうか?されるがままになっていたその時『不倫』の二文字が頭の中に浮かび上がった。もし大和さんに奥さんがいれば……私は不倫をしていることになるのか?大和さんからは甘い空気が漂っているが、私の心はどんよりとしていた。それに気づいたのか、大和さんが顔を上げてキョトンとしていた。

「美月?」