*番外編1*
俺の名前は笹原涼大学でデザインの勉強をしている。俺は笹原コーポレーションの三男で、本来なら兄たちを手伝って会社に入って会社のために働かなければいけないのだが、父の期待は上の兄達二人に向いていた。兄達二人は父の引いたレールの上を歩き苦痛を強いられていたようで、俺には好きに生きるように良く言っていた。俺は兄達を手伝いたいとひそかに思っていたが、言い出せなかった。だから……さほど行きたくもないデザインの学校に通っていた。
つまらないな。
そんなある日、妹に迎えに来てくれと言われ、学校へと向かった。
笹原コーポレーションの四人目にして初めての女の子に、皆が妹の萌衣(めい)をお姫様の様にあつかった結果、ワガママ姫に成長してしまった。兄を足に使うなどけしからん、と思いながらも言うことを聞いてしまう。
「涼兄、お迎えありがとう。助かった」
そう言って笑う妹の顔を見ると、我が妹ながら可愛いと思う。
俺も妹には甘々だ。
そんな妹が車のシートベルト付け終えてから顔を上げた時、小さな声を上げた。
「あっ……」
どうしたのだろうと妹を見ると、眉を寄せ辛そうな顔をしていた。
「萌衣どうした?」
「岡本美月先輩だ……」
「何?仲の良い先輩なのか?」
「ううん……違うけど……」
いつでもはっきりと物を言う妹の歯切れの悪さに心配になる。萌衣は誰とでも仲が良く、裏表が全くない。そんな妹がこんな顔をするのは珍しい。
「あの先輩、最近妹に彼氏を取られたらしくて……今、学校はその話でもちきりなの」
「へー。それは災難」
「でもさ、先輩凄いの。そんな噂へでも無いって感じで、いつも凛としていて綺麗でさ。憧れちゃうな」
「ふーん……」
この時の俺は、岡本美月と呼ばれた少女の横顔を見ながらその話を受け流した。
それから数日が過ぎていた。今日は天気が良い日だったため、俺は公園のベンチでくつろいでいた。時刻は13時過ぎたところで、この時間学生は学校の為、今公園にいるのは未就学児の小さな子供を連れた親子が数人いるだけで、静かなものだった。そんな中、妹と同じ学校の制服を着た女子生徒が一人歩いていた。
ん?
サボりか?
あれは確か……岡本美月とか言ったか?
妹に彼氏を取られたとか言ってたが……。
こんな時間にこんな所で……学校をサボるタイプには見えないが……。
真面目な顔をして、案外遊んでいるのか?
その時、強い風が吹き、美月の長い髪が風に流された。
凜とした美しい顔、高校生にしては大人びた顔立ち。
そんな美月の瞳からポロポロと透明なしずくがこぼれ落ちていた。太陽の光を浴びて透明なしずく一つ一つが、キラキラと輝きながら地面に落ちていく。
ああ……美しいな。
まるで映画のワンシーンのようだ。
俺はそのはかなく美しい少女から目が離せなかった。
それから数年、ネオンの輝く街で君を見つけた。
あまりにも変わってしまった容姿のせいで、すぐには気づかなかったが泣き方は昔のままだった。あの日、高校生の君に声を掛けなかった事を俺はずっと後悔していた。
こうして時々夢に見るほどに……。
そして思っていた。
あの日、泣いていた君の涙を拭いて上げる人間が側にいたのだろうかと……。
そっと目を覚ますと、俺の隣にはスヤスヤと眠る君の姿があった。
あの日俺は君の涙を拭ってやることは出来なかったが、もし君の瞳が涙で濡れることがある時は、必ず俺が拭ってやろう。それが悲しみの涙では無いことを願いながら……。
*番外編1 FIN*