悪役令嬢の初恋

 今は薄闇だ。自分に気をかける者は誰もいない。
 だって自分は『悪役令嬢』だから。
 
 クロエは空に向かって泣く。
「……っふ、うっ、ぅう……っ」
 
 こんな冴えない顔の令嬢なんて
 お小言ばかりの、小姑みたいな令嬢なんて
 流行の悪役令嬢のような令嬢なんて
 
 ――ルイス様に好かれるはず、ない。

(私が可哀想だと思って、こうして声をかけてくださるだけ)
 
 ぽろぽろと細い目から流れる滴の、なんて多いことか。
 細かろうがなんだろうが、流す涙の量は誰も同じなのだろうか?
 これだけ涙を流すのは初めてで、クロエもよくわからない。
 
 完璧じゃない、どこか抜けている令嬢の方がきっと目を引いてくれる。
 だけど、それはできない。
 できるのは、それを許され、守ってあげたくなるような可愛い容姿の女性だ。
 自分には似合わない。
 
 一層のこと、王太子妃の側付きを承諾しようか?
 そしてソレンヌ含む、彼女の周りの令嬢たちを徹底的に絞って、本当にあざ笑って『悪役令嬢』と呼ばれるに相応しく演じてみようか?

「……ふっ、ふふふ……っ。それも一つの生き方よね……」
 泣き笑いする。
 
 投げやりになっている自分に驚き、そしてそれも勇気がでなくてできないだろうという結論にいたる自分がとことん嫌になる。
 いざとなったら何もできない気弱な自分。

「もう、いやだぁ……」
 
 初めて弱音を吐いた。
 こんな容姿も嫌い。
 こんな性格も嫌い。
 わたくしの全部が大嫌い。
 
 このまま消えてしまいたい――