その5



月曜日の昼休み、奈緒子は1年A組に出向いた。

”さあ、和田さんに言われたことだけど、本来は教師が持ち出す話じゃないし、海老野結子には言葉に言い回しも気をつけなくちゃ…”

奈緒子はめったにないほど、一生徒との接触に迷いと戸惑いを禁じ得なかった。

そして教室内では…。

「海老野ー、廊下に野坂先生が来てるぜ。なんか用があるからって」

「そう。ありがとう…。じゃあ、ちょっと、外すわ」

「了解ー」

クラスメート数人とスマホ片手に談笑中だった海老野結子に、男子からそう伝えられ、結子は小走りで廊下に出た。

”野坂先生か…。もしかすると、例の件かな…”

どうやら彼女は、とっさに”用件”を理解できたようだった。


***


「先生、お待たせしました」

「昼休みにごめんなさいね、…そこの踊り場いいかしら?}

「はい…」

二人は二階の階段踊りに移動した。

「ええと、海老野さん、実はね…」

「ああ、この前屋上で話して件ですよね?九州のいとこのこと…」

結子はニコニコして、はきはきとした口っぷりでストレートに奈緒子へ切り出した。

”ずいぶんさっぱりした子ね。さあ、どう言い出すかな…”


***


奈緒子は迷った末、まず口止めから入ることにした。

「その通りよ、海老野さん。なので、今から話すことは二人だけってことでいいかしら?」

「構いません。いとこのお姉ちゃんも、都内のこの辺りで半年前くらいに連鎖出てるの承知で、私に情報をもらいたがっていたんで。何しろ、最近こっちはすっかり収まってるから参考にしたんじゃないですかね」

「そう…。じゃあ、率直にね。その従妹の子直接できないかな?」

「いいですよ」

まさに即答だった。

”手嶋先生の言ったとおりだわ。なんてさっぱりした子なのかしら。助かったわ”

奈緒子はその場で結子の従妹、鹿野里奈のケータイ番号を控えた。

「ああ、今ライン返ってきました。今日の五時以降だったら電話出られるそうです。先生のケータイ番号と名前は言ってありますから、話は通じますよ。先生、よろしくお願いします」

「あっ、こちらこそ、丁寧にありがとう。六時前後に連絡してみるわ」

結子は終始ニコニコ顔で、用件が済むと奈緒子にペコント頭を下げ、教室まで駆けて行った。
奈緒子はとりあえずホッと胸を撫でおろした。

そして、今登録したアドレスを画面で再度確認した。

”城田史奈さんか…”