「アヤメ、泣かないで」

 すると、そのウサギさんは、心配そうに私をみあげてきた。

 慰めてくれるんだ、優しい。

 その、可愛いぬいぐるみを見て、不安だった気持ちがちょっとだけやわらいだ。

 だけど、ここは、どこなんだろう。

 そう思うと、やっぱり怖くて、また泣きそうになって、だけど、そんな私を励まそうとしたのか、そのウサギさんは、ポンと音を立てると、今度は人間の姿になった。

 ピンク色の髪をした、幼稚園児くらいの女の子に──

「アヤメ、大丈夫だよ! ララが守ってあげるからからね!」

「……ララ?」

 あれ? なんだっけ?
 この子、見たことあるような気がする。

 たしか、女の子みたいだけど、本当は、男の子で……

「あ、ララちゃん?……うんん、ララ君だ! この前、ガイコツをやっつけてくれた」

「え!? もしかして、思い出したの!?」

 ぱっと顔を明るくしたララ君。

 するとその瞬間、前に威世くんと一緒に、ガイコツに追いかけられたことを思いだした。

「……あ、うん、そうだ……思い出した。私、ガイコツに……あれ、でも、なんで忘れてたんだろう?」

「それは、アランが記憶を消しちゃったからだよ」

「アラン? あ、そうだ。あの時の銀髪の……男の子」

 忘れていた記憶が、次々と蘇ってくる。すると、ララ君は、嬉しそうに私に抱きついてきた。

「すごい! すごい! ねぇ、どうやって思い出したの?」

「え!? それは、わからないけど……そんなことより、いったい何が起こってるの!? さっきの人たちは、何!? 私のこと人質にして、威世くんに何をさせる気なの!?」

 色々思い出して、今の状況が、なんとなく見えてきた。

 でも、私がつめよれば、ララ君は、少し泣きそうな顔で答えた。

「それは多分……ハヤトにシャルロッテとカールを壊させようとしてるんだと思う」

「え?」

「シャルロッテとカールはね、アランの大事な人形なの! ララみたいに人間になるんだけど、体の中のハーツを壊されたら消滅しちゃうの。今、魔王は、アランを魔界に連れ戻そうとしてて、だから、アランと仲良しのハヤトに二人を壊させて、アランを連れ戻そうとしてるのかも」

「なに、それ……っ」

 ひどい。仲が良いのを利用して、友達の大切なものを壊させようとしてるなんて。

 それも、人質なんて汚い手を使って……!

「戻らなきゃ!」

「え? 戻るって人間界に!? でも、ここ魔界だよ!」

「そうだけど……でも、私のせいで、威世くんが辛いめにあってるのに、じっとなんてしてられないよ!」

 威世くんは、友達を大事にする人。

 そんな威世くんに、そんな酷いこと絶対にさせたくない!

「分かった! じゃぁ、ララも一緒に逃げる方法探す! よーし、そうときまったら、ララ、この部屋の鍵開けてくるね!」

「え?」

 すると、ララ君は、部屋の入口までトコトコと走って、扉の上にある10cmくらいの小窓までピョンとびあがると、また小さな人形になって、あっさり外に出ていった。

(そっか、人形になれば、小さな隙間にも入れるんだ)

 あっという間の出来事にびっくりしたけど、私は、そのあと、ポケットから威世くんから貰ったヘアピンを取り出した。

 リボンとお花のついた、私の好きな青色のヘアピン。

「かわいい……」

 私は、それをキュッと握りしめると、長かった前髪を左耳の上で束ねて、パチンとヘアピンでとめた。

 額には、ハートの形の変わったアザがあるけど、しっかり前髪を上げて深呼吸をすると、私は、まっすぐ顔をあげた。

(勇気を、出さなきゃ……っ)

 威世くんだって、私のために勇気を出してくれた。

 なら、今度は私が、威世くんのために頑張る番!

「大丈夫、勇気をだして……!」

 私は、祈るように手を組むと、人間だとバレないように部屋の中で見つけたフード付きの真っ黒なローブをきて、ララくんと一緒に部屋から逃げ出した。

 早く、ここから逃げて、人間界に戻らなきゃ……!