モンテール侯爵令嬢。
リシャール殿下の婚約者だ。
彼女は毎週この曜日は午後から王太子妃教育の日だったから、多分殿下は今日、伯爵令嬢と……


「マルタン様、お珍しいですわね。
 おひとりですか?」

「……どうしても読みたい本がありまして、授業中ならば行ってもよしと殿下がお許しくださったのです」

「殿下は授業を受けていらっしゃるの?」

「左様です」


ちゃんと答えられたか?
私の背中を冷や汗が流れた。
私は器用な質ではないので、多分……嘘だと気付かれている。



殿下の婚約者であるクロエ様の顔を見たことで、頭が冷えた。
正しくないことをしている自覚はあったのに、殿下の不貞に協力した。
護衛ならば、疎まれても殿下を止めるべきではなかったか?
今更ではあるが、私は大恩ある王家を、王妃陛下を、裏切っているのでは……


「外国語に、ご興味がお有りになるのですか?」

私が胸に抱えていた語学本を見ていらっしゃった。
情けないが、本を持つ手が少し震えていたようだ。


「……はい」

騎士としての矜持など何処にもない己を恥じた。
情けない私の姿は、どの様にクロエ様の瞳に映っているのだろうか。


殿下と私の嘘を、見て見ぬ振りをしてくださっている侯爵令嬢に。
大いなる感謝と……少しの恐れを感じた。