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その日、勤務が終わったあと。
私とユウは近くにあった小さな洋食屋で、向かい合わせに腰を下ろした。

ユウと食事なんて初めてで、心臓がまるで壊れたメトロノームのように、早すぎるテンポを刻んでいる。



「そういえばアミも名前、あいみって言うんだね。さっきお店で見つけたけど」



なんでもなさそうに会話を始めたユウはあの頃のままのようで、あの頃よりも疲れて見えた。



『そうだけど、別にいい。私もあいみっていう名前、好きじゃなかったから』

「あ、過去形だ、安心した」



ユウがまた、弱々しく笑う。
目の前にいるのに、随分と心の距離を感じてしまうような、空っぽの笑顔。



「………アミ、もう立派な大人だね」

『…………だってもう社会人だし。いつまでも高校生のままじゃ困るでしょ、』

「うん、それもそうか」



あなたはまだ、「あなた」を隠している。
ふと、そんなことに気がついてしまった。



『…………ユウ。あの時、なんでもう俺のことは思い出しちゃだめだって、手紙に書いたの?』



なら聴くしかない。
あなたを理解することが、何よりも大事だ。
それに私だって、もう子どもじゃない。だけど。



「………アミは知らない方が幸せだよ」



まだだ、まだ開いてくれない。
小さく呟き、目の前の水を飲み干すユウ。
だから私の方も、全力であなたに向き合う。



『私ね、ユウへの気持ち、まだ変わってない』

「……そんなことまで言えるようになったの。思った以上に大人になってて、お兄さん困っちゃうな」

『ふざけないで、真剣に聴いてよ』

「……聴いてるよ」

『私本気なの、本気でユウのこと知りたいの』

「俺だって本気だよ」



いきなり、またあの冷たく攻撃的な声が飛んでくる。
荒々しくテーブルに戻されたグラス。
水滴が飛び散る、思わず身体をすくめた。



「………本気なんだよ。本気で知らない方がアミは幸せなんだ、って言ってるんだよ、」



ユウと、目が合わない。
その言葉の意味も、よくわからない。
だけど確かに感じる、ユウが苦しんでいる。


大きくて真っ黒な何かが、まるでユウを踏み潰そうとしているみたいな、重苦しい空気感。
私たちはただ、その中に深く沈んでいくだけ。