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私がときめくことって、なんだろう。
日々、そんなことを考えるようになった。



授業を真面目に受けてみても、商店街をふらついてみてもピンと来ない。
空気の悪い家で考えることが嫌で、「散歩」と短く母親に告げ駆け上がった夕暮れの外階段。



「来るんじゃないかなって思ってたよ、アミ」



今日もそこで私を待っていたあなたは、いつもと同じようで見るからに違う部分があった。



『………スーツじゃん』

「うん、今日インターンがあったからね」

『インターンって何?』

「言わばお仕事体験、かな。就活生はインターンで仕事内容とか、そこの雰囲気を知れるんだよね」



いつも手が入っていなさそうだった黒髪は軽く固められ、意外と長い手足はスーツの力を借りて余計にすらりと伸びて見える。
となりに座った途端、唐突に聞かされた「大学3年生」を強調する説明。それに私はつい、顔をしかめた。


ユウは、大人だった。
私よりもずっと。



『………ふーん』

「あ、あんまり興味ないな」



私の浅い反応に、ユウがくすりと笑う。その笑い方すらも、変に大人びて見える今日のユウ。
初めて見たけど、スーツは嫌いだ。

私からユウを遠ざけてしまうから。



『………じゃあユウは今日どんな仕事体験してきたの』



本当は仕事なんかに興味はない。
ただあなたのことを何か掴めるような気がして、淡い期待を抱いて見上げた横顔。



「………なんてことない、普通のお仕事」

『だから、それが何なのか知りたいんだけど』

「………知ったところで、何にもならないよ」



合わない視線、気まずそうにもぞもぞ動く唇。あなたは今日も、自分の話をしない。
更に距離を感じた私の顔に、冬の冷たい風が吹きつけた。



「………アミのときめくことは、少し見えてきたかな」



あなたを知りたいという気持ちが、その風にさらわれていく。
ユウはこれ以上、何も話さないつもりらしい。



『……まだ、なんにもない』

「そっか。でもまだ時間はあるから、焦らずに」



そう言って寒空を見上げた視線が、その夜、再び私に向けられることはなかった。