『………てかさ』
「ん?」
反応が、ちゃんと返ってくる。
そういうのにはあまり慣れていなかった。
『……いっつも会うじゃん、私が外に出てる時』
「…そうだね」
『なんで?暇なの?』
結局、私にはこんな言い方しかできない。
自分で自分が嫌になりながら、返答を待つ。
すると彼は少し困ったように視線を落とし、眼鏡の奥でその瞳を細めた。
「………俺、結構心配性みたいで」
『返事になってないんだけど』
「あと、このアパートは壁薄いから」
『ねえだからさ、』
まだ返事になってない。そう言ってやろうと思った瞬間、私は彼の言葉の意味を理解する。
思い出される喧嘩の日々。
壁が薄い、その発言。
「………内容まではわからないけど。俺、君とお母さんがよく喧嘩してるの、知ってるんだよね」
……あーあ最悪、最悪だよ本当に。
赤の他人に、1番踏み込まれたくない事実を、掴まれている。
「………それで、君のことが気になって」
『なにそれ、ほっとけばいいじゃん。そっちには関係ないのに』
「難しい。そうもいかないんだよ」
『なんで、意味わかんないけど』
変だ、この人は。
私なんかに興味を示したり、向き合おうとしたりする人なんて、今日までひとりもいなかったっていうのに。
「……気になるし、君を放っておきたくない」
遠慮がちに発された言葉。
意味わかんないよ、やっぱ。
気になる。その表現は何かを連想させ、私の心臓をくすりと一瞬、震わせる。
『………変な人』
「うん、そうかもしれない」
その震えを誤魔化すように、私は渇き切ったため息を吐き出した。