○再び漆山家の鷹緒の部屋

漆山家に舞い戻った美華と鷹緒。
豪華なソファに前のめりで座った鷹緒は満足そうな顔をして目の前に立ったままの美華に訊ねる。(人を陥落させるような魅力的な笑顔ながら、どこか威圧感を感じさせる)

鷹緒「さて、これからどうする?取りあえず結婚でもしてみるか?」
美華「す、する訳ないじゃないですか!」(真っ赤になって反論をする)
鷹緒「だろうな」

鷹緒はゆっくりと背もたれに身体を沈めると、愉快そうに噛みつく美華を見つめる。
けれどそんな表情をしていたのは次の言葉を発する迄。
にこやかながらも圧のある、商談を進めるビジネスマンと言った顔をすると、美華に条件を突きつけてきた。

鷹緒「この家で暮らしてもらうからには、やってもらわなければならないことがある」
美華「……皿洗いでも掃除でも、なんでもやります」(覚悟を決めた表情で)
鷹緒「バーカ。お前は『花嫁』なんだぞ。そんなことさせられるか」(面白がる表情で)
美華「じゃあ何をすれば……」

戸惑う美華に大股で近づくと顎をクイと掴む。
そしてそのまま見下ろしながら、ニヤリと笑うと傲慢な様子で宣言する。

鷹緒「『花嫁』と言ったら、花嫁修業だろ?」

(場面転換)
○それから一週間の出来事をダイジェストで

鷹緒(回想)『俺が次期グループ総裁だという確固たる確約を手に入れるまで。それまで婚約者の振りをする。それがこの家で暮らす条件だ』

ナレーション:
本格的な『花嫁修業』は早速その日から始まった。
マナー講座、お茶にお花の習い事、そして漆山家の歴史についてまで――。
覚えることが多すぎてヘトヘトになっている美華。心の中で盛大にボヤく。

美華(いくら振りだとは言え、ここまでやる必要なんてあるのー?)

(場面転換)
○応接間。
美華は教師役の男から漆山家の歴史について講義を受けている。

男「――で、三代目は浦賀で黒船を観て『これからは異国との貿易を強化しなくてはならない』と思った――と」

朗々と説明する若い男(先日夜に鷹緒について説明をしてくれた男)をうんざりした様子で見つめる美華。

美華「……こういうことしてて、嫌になりません?」
男「え?全然。俺、割と歴史好きだし」
美華「いえ、そうじゃなくて……。いくら漆山さんの部下だからって、眞さんはこんなこと(花嫁修業)に巻き込まれて平気なんですか?って」

(場面転換)
○回想
花嫁修業する旨を美華に伝えた直後
鷹緒「詳しい事はこっちの眞に聞くといい。昨日お前の世話をしたトメの孫で、秘書兼執事見習いをしている男だ」
花嫁修業の話をするといつの間にかドアの側に控えていた眞を紹介する。
鷹緒「じゃあ俺は仕事で暫く留守にする」
美華「えっ……」
突然の留守発言に戸惑いを隠せない美華を見て、フッと艶やかな笑みを浮かべて美華に近寄り顎を掴む。そしてクイと上向かせると、顔を寄せる。
美華(――――!!!)
驚いて思わず身を固め、目を瞑る美華。
鷹緒「キス、されると思ったか?」
美華「そ、そんな訳ないでしょっ!」
図星を指されて動揺を隠すようにプイと横を向く美華を面白そうに見つめて笑う鷹緒。美華の頭にポンと手を置き耳元でわざとらしい程に甘く囁く。
鷹緒「なるべく早く帰ってくるからな」
そして颯爽と部屋を出ていった。
回想終わり

(場面転換)
○再び現在。応接間。

美華「自分のことなのに、全部眞さんに任せて仕事に行ったきり、帰ってこないなんて……」
眞「……寂しいんだ?」

ブチブチ文句を言う美華を見て、眞はニヤニヤした笑みを浮かべている。

美華「なっ……!ちーがーいーまーすー!」(ムキになって頬を膨らませ前のめりになる)
眞「……これは鷹緒がかまい倒したくなるのも無理ないな」

こちらの言葉にいちいち反応してはくるくると表情を変える美華の仕草の可愛らしさにクックッと苦笑した後、改めて美華に鷹緒との関係性を話し始める眞。

眞「まあ俺は部下っちゃ部下だけど、あいつとは20年来の幼馴染でもあるからね」
美華「20年……(その年月に驚く)。あの、漆山さんて、昔からあんな感じだったんですか?」
眞「あんな感じ?」
美華「そう。俺様――!っていうようなムカつく感じ」

雑談をしている二人の背後にから急に若い男が笑いながら声をかけてくる。

知らない男「鷹緒は昔からあんな感じだったよ」

その人物を見て強張った顔でガタリと立ち上がる眞。

眞「――(しゅん)様!」
男(隼)「あいつはね、漆山家のはみ出し者の癖に、昔から偉そうで実にふてぶてしい男なんですよ。だからお嬢さん、あんな奴には近づかない方が身の為ですよ」

鷹緒に負けず劣らず美麗で、人当たりの良さそうな表情の男。けれど口にしている内容と言い、その瞳の奥は寒々しさといい見た目と人柄は一致しないであろうことが推測される。
詮索するような視線を遮るように美華の前に立ち、隼に応対する眞。

眞「隼様、本日はどのようなご用件でいらっしゃったのですか?」
隼「ああ、今度の漆山家の総会の案内を持ってきたんだよ」

眞に招待状を手渡すと、隼は改めて美華に興味を示し腰を屈めて顔を近づける。

隼「ねえお嬢さん、君は鷹緒とはどういう関係なの?」
眞「隼様。今別室でお茶を用意させます。ここは散らかっておりますので」

話に割って入る眞に眉を吊り上げ皮肉な笑みを浮かべて体を離す隼。

隼「おおこわ。ボディーガードが煩いから今日は帰るよ。お嬢さん、今度僕の家にも遊びにおいでよ。歓迎するよ」

そう言うと隼は部屋を出ていった。

(場面転換)
○帰宅した鷹緒。玄関の扉を閉めるとホールの向こうから歩いてくる隼に出くわす。

隼「やあおかえり」
鷹緒「……何しに来た」
隼「この主人にして、あの従業員あり……か。用は済んだしもう帰るよ」

招かざる客だとばかりに冷たく言い放つ鷹緒にわざとらしく肩をすくめると、隼はすれ違いざまに鷹緒の耳に顔を近付ける。

隼「あの応接間にいたお嬢さん……」

鷹緒は無表情ながらピクリと反応する。

隼「お前、あんなのがタイプなんだなぁ」

小馬鹿にしたような顔をして隼は去っていく。

(場面転換)
○応接間。
嵐のように去っていった隼に呆然とする美華と眞の元に鷹緒が勢いよくドアを開けて入ってくる。

鷹緒「計画が変わった。早いところお前を社交の場で披露することにした」
美華・眞「ええっ?!」
鷹緒「あの野郎にひと泡吹かせてやる」
美華「あの野郎って、さっきの人……?」
眞「無茶だよ!まだここに来て一週間だぞ?!」
鷹緒「俺はな、例え一時的だとしても、俺が手に入れた所有物(もの)にケチつけられるのが一番嫌いなんだよ」

よっぽど隼に言われたのが癪に障ったのか、怒りの形相を見せる鷹緒。

鷹緒「とにかくお前を誰もが見惚れる女にしてやるからな。覚悟しておけ」

くいと顎を指で掬い取られるが、その展開の早さに目を白黒させるしかない美華は、やっとの思いでその手を払い除ける。

美華「ちょ、ちょっと!そんな勝手なこと言われても困ります!」
鷹緒「はあ?何を言ってるんだ?これも契約の一部だぞ?反論の余地は無いはずだ」
美華「――――!!!」

悔しくて震える美華は助けを求めるように眞を見つめるが
「こうなったらやるしかないよね」と苦笑いをされてしまう。

鷹緒「よし、それでは今から特訓を始めるぞ」
美華(今からって……これ以上何かするなんて、無理だよおーーーーー!!)

魔王の如くニヤリと禍々しく笑う鷹緒に美華は涙目になってしまうのだった。

(場面転換。それから数十分後)
○応接間
「まずはこのあたりからだな」と、持ってこられた書籍の山に囲まれて勉強中の美華。講師は相変わらず眞。鷹緒は少し離れたところで新聞を読んで寛いでいる。
そんな中、美華は気分転換がてら「そう言えば」と眞に向かってこっそり呟く。

美華「さっきの人、誰なんですか?」
眞「漆山隼――。鷹緒の従兄弟だよ」
美華「従兄弟……」
美華(に、してはなんだか親しく無さそうだけど……)

訝しげな美華に気がついた眞は引き続きヒソヒソ声で説明をする。

ナレーション(眞):
漆山家直系―――亡くなった鷹緒の祖父である前総裁には子供が三人いたんだ。現総裁で次男の信士氏と、長女であるグループ会社社長の翼氏。そして事故で亡くなった鷹緒の父である、長男。
今のところ次期総裁と目されるのは現総裁である信士氏の息子の隼と、鷹緒。この二人の一騎打ちになるだろうと言うのが専らな噂なんだ。

美華「さっき漆山さんのこと、漆山家のはみ出し者って言ってましてけど、あれは?」
眞「それは……」(言い淀む)
鷹緒「それは俺の父が一度漆山の家から出たからだ」

話が聞こえていたのかと、驚いて鷹緒の方を見る二人。

鷹緒「俺は只のサラリーマンとして働く父とパートで働く母との三人で暮らしていたんだ。……小四で両親が事故で死んでしまう迄は、な」
美華「あ……。ごめんなさい」
鷹緒「いいさ。別に隠している訳でもないからな」

余計な詮索をしてしまった美華が謝ると、つっけんどんながら、鷹緒には珍しく美華を気遣う素振りを見せる。

鷹緒「漆山家で働く侍女だった母と結婚する為に家を出た父と、その子供である俺は、あいつら(叔父叔母)からしたら『名門漆山の家名を汚したはみ出し者』だって言う訳さ」

口にするのも忌々しいとばかりに鷹緒は吐き捨てるが「けど……」と、意地の悪そうな笑みを浮かべる。

鷹緒「そんなはみ出し者と言われるこの俺が、加護の印を持っているんだからな。連中からしたら益々面白くないんだろうな」
美華「あの……加護の印は不思議な力を持つって聞きましたけど、それってどんな力なんですか?」
鷹緒「それは――」

何かを思い出し一瞬苦い顔をした鷹緒は、チラリと眞に視線をやる。頷いた眞は、それを引き取り説明をし始める。

眞「歴代の能力者は透視や千里眼……そそれぞれ異なった力を持っていたようだけれど、鷹緒は初代と同じ力を持つと言われているんだよ」
美華「同じ力……?」
眞「そう。初代と同じ、予知の力を持つとね」
美華「予知って言うと、未来の事がなんでもわかるってことですか……?凄い!」

興奮気味に食いつく美華に対し、何故かあまり得意気ではない鷹緒。

美華「未来がわかるなんていいなあ。テストの問題とか予知しまくり、100点とりまくりじゃないですか」
鷹緒「……予知と言っても曖昧なイメージを見るものだし、自分の意思で見たい予知を見ることもできないからな。言うほど凄いものでもない」
美華「え、でも……」

そんなことはないはずだと納得いかない様子の美華に、この話はもう終わりだと言わんばかりに鷹緒は立ち上がる。

鷹緒「さて。それでは雑談も終わったと言うことで」

話題を変えるように、意地悪そうな微笑みを浮かべる。

鷹緒「勉強再開、だな」
美華「え――――!!まだやるのーーー?!」

美華の叫びが応接間に響くのだった。