④二十年先の君にエール

 二十年前の先輩が返事をくれるかどうか。気になって、その日は一日中授業に身が入らなかった。
 
 放課後、樹李亜(じゅりあ)がアルファタワー四階のカフェテリアに行くと、すでに桜子(さくらこ)がいた。テーブルの上に教科書やノートを広げ、課題をやっている。
 そこに一楓(いちか)もやって来た。両腕に大きな、ビニールカバーで包まれた物を抱えている。中身は大量の花だ。

 相変わらず桜子は一楓を見ようとしない。樹李亜が一楓に声をかけた。

「花?」
「そう。新しいのと入れ替えると聞いたから、古い方をもらってきた。まだ十分咲いている」

 一楓は包みをカフェテリアのテーブルに広げて、種類ごとにより分ける。

「何ていう花?」
桔梗(ききょう)藤袴(ふじばかま)撫子(なでしこ)、……秋の七草。それとコスモス……」

 一楓はちらりと桜子の方を見る。桜子はわざとらしくノートに目を落とす。

 慌てた様子で(ごう)がカフェテリアに入って来る。電話で誰かと話しているようだ。
 きょろきょろと周囲を見回し、樹李亜を見つけると近づいて来た。

「……はい、ありがとうございます。今、栄田(えいだ)さんご本人と変わります。栄田さん」

 豪がスマホを差し出す。

佐倉(さくら)さんから。例のドレスを譲ってくれるって」
「……!」

 樹李亜は慌てて電話を受け取る。その時にスピーカーのアイコンを押してテーブルの上に置く。
 これで会話が他の人にも聞こえるようになった。

 一方、スマホを渡してしまった豪の手が何かを探している。
 気づいて桜子が自分のノートとペンを差し出す。豪が片手をあげて謝意を示し、借り受ける。

「栄田です、あの……」
「まあ、はじめまして、佐倉秋子(さくら あきこ)です、旧姓だと藤川(ふじかわ)です。先日は心のこもったメールを、どうもありがとうね」

 はきはきとした明るい声だった。

「いえ、こちらこそ……」
「それでね、一度お会いした方がいいと思うのだけど、私が忙しくて明日には日本を出なきゃならないものだから、今日これから来れないかしら?」

(今日? これから?)

 豪が樹李亜の肩をたたいた。手書きのメモを示す。
『よろこんで、行きます、って言って』

「……よろこんで、伺います」
「まあ、よかった、場所は西東京なのだけど、住所を言うわね……」

 豪の手がノートに住所を書き留める。一楓がそれを覗き込んで自分のスマホに入力する。
 経路を検索すると、車で一時間、と所要時間が出た。

 再び、メモが示された。
『一時間で行きます』

 樹李亜は示された通りに、電話に向かって話した。

「一時間くらいで行けると思います」
「ええ、でも、遅くなる分には構わないから。落ち着いていらして」

『同級生と二人で行きます』
「同級生と二人で行きます」

(二人で……?)
 豪のメモの通りに電話で伝えながら、樹李亜は首をかしげた。

「それも分かったわ、では、お待ちしているわね」
 そこで、電話は切れた。すかさず、豪が言った。

「俺も一緒に行くから。車を頼んで来る。あ、それと、学生証を忘れないで」
 これじゃなくて、と、豪は腕のバンドを指し示す。顔写真つきの、カードタイプの学生証のことを言っている。
 樹李亜はうなずく。

「準備ができたら一階で。先に行っているから」
 豪は再び電話をかけながら、カフェテリアを出て行った。

「どどど、どうしよう……」
 樹李亜は急展開に頭が真っ白になる。桜子は樹李亜の背中をぽんぽんとたたく。
「大丈夫だよ、かっしーが一緒に行ってくれるんでしょう?」
「そうだけど……」

「あ、ちょっと待ってて……できた。ほら」
と、一楓が急ごしらえの花束を差し出す。今さっきまで、テーブルの上に横たえられていた花だ。
「これを持って行って。我ながら、良い出来だ」
「ありがとう……」
「きっとうまくいくから。あんたたちなら、大丈夫よ」
と、桜子はもう一度、樹李亜をはげます。


 樹李亜が一階に降りると、車寄せに黒塗りの車が待っていた。
 待ち構えていた豪が声をかける。
「乗って」
 樹李亜は後部座席に、豪は助手席に乗り込み、車は走り出した。



***

 カフェテリアの窓からは、桜子と一楓が、樹李亜たちの車が出て行くのを見下ろしていた。

「行った行った。うまくいきますように」
 桜子はつぶやいて両手を合わせた。
 それから、自分と一楓との距離が思いのほか近いことに気づき、慌て離れようとする。

「桜子」
 するどい声で一楓に呼ばれて、桜子はびくっと立ち止まる。
 カフェテリアには、二人の他に、人がいない。

「僕を避けてるだろう」
「いや……そんなことはないけどさ……」
「じゃあなんで、僕を見ようとしない?」
「あー……」

 桜子が顔を上げる。一楓の視線とぶつかる。

「ずっと君に聞きたいと思っていたんだけど」
「何を?」
「君のダンスのパートナー。誰? 今は誰と踊ってる?」
「聞いてどうすんのよ……」
「今度のパーティーで、僕は君にダンスを申し込む。だからその前に、その男と対決してくる」
「いや、それは……」
と、桜子は口ごもる。

「僕たちは、そういう取り決めだった」
 一楓は静かに言葉を続ける。
「確かに僕らは婚約したけど、それはずいぶん小さい時の話だ。もし大きくなって気が変わって……、神代学園のアルファクラスで相手を選ぶならば、それは無条件で認めようと言った。この約束は、正しい?」
「うん、正しい……」
「でも僕は君以外には考えられない。ずっとずっと君が好きだったし、今も、これからも」

 桜子は真っ赤になって、一楓の顔を見る。

「あたしが相手で……全国うん百万の門徒が、納得するの?」
「二百二十万人。そうさせてみせる。でもそれは僕の仕事で君が気にすることじゃない。だから教えて。君のパートナーは誰?」
「あ……あたしのパートナーはいないのよ……あんたの他には……」

 それを聞いて一楓が目を大きく見開く。

「ダンスパーティーでは……誰とも踊ってないんだ、あたし。あ、えっと、誤解しないで」
 桜子はしどろもどろになって、自分でも訳が分からずしゃべり続ける。
「別に、あんたの帰国を待ってたわけじゃないんだ。アルファクラスで出会った相手を選ぶのって、それはあんたも同じことだし……誰を好きになっても、それはあんたの自由なんだと思ってたし……そりゃ、そうなったら悲しいけどさ……」
「そんな自由ならとっくに捨ててるよ、桜子」

 一楓はいつのまにか桜子を腕の中に抱きしめる。
 桜子はますます赤面して、一楓の顔が見られない。

「僕と踊ってくれるね?」
「うん……」

 胸に押し当てられている桜子の額に、一楓はキスをする。