学園生活はおおむね順調だった。お嬢さまとしては落第点の璃玖を、執事見習い成績トップの隼人がフォローしてくれて、璃玖はなんとか赤点を取らないで一学期最初のお茶会テストに臨んだ。ホテルの一室を借り切ってのお茶会では、英国の茶器に、ホテル特製のスイーツが並び、学園のお嬢さまが学年ごとに部屋にずらりと揃った。璃玖は指定された席に着席すると、小声で談笑するお嬢さまたちを眺めた。

(壮観……)

ホテルのウエイターが各テーブルのカップにお茶を注いでいく。勿論璃玖の目の前のカップにも淡い琥珀色の液体が満たされて、璃玖はごく自然にミルクを紅茶に注いだ。すると。

「まあ、璃玖さま。この香りはダージリンですわ。ダージリンにミルクをお入れになるなんて、璃玖さまは茶葉の香りの違いもお分かりにならないの?」

隣の席から笑われて、璃玖はこの紅茶の茶葉がダージリンだということに気付いた。

(あっ、そうか。ダージリンはストレートで香りを楽しむお茶だって、習ったんだった)

ミルクティーが好きだったので、疑いもせずにミルクを入れたが、お嬢さまのお茶会では色々マナーがあるのだった。

「隼人さまはあなたを教育しなかったのかしら。ダージリンの価値が分からないようなお嬢さまでは、隼人さまの成績にも傷がつきましょうに」

しかし、悪口が隼人に向かうのは許せなかった。思わず口を開く。

「茶葉の違いが判らなかったのは私の落ち度であって、隼人の落ち度じゃありません。隼人を悪く言わないで」

直接的に言い返されたことにそのお嬢さまは驚き、唇を戦慄かせた。

「ま、まあ。美しき主従愛ね。隼人さま、執事思いの主人を持って、よろしかったわね」

軽蔑するような視線を璃玖と隼人に寄越すお嬢さまを前にひるむもんか、と気負った時、やわらかい声がその場に響いた。

「京子さま。そのようなお言葉は、ご自分を貶めるだけですわ。お控えになられた方がよろしいのではなくて?」

京子と言うお嬢さまの言葉に苦言を呈するお嬢さまが現れた。楚々とした様子で、穏やかな面差しをしている。京子の言葉を戒めたのに穏やかな様子を崩さないその少女は、璃玖を見てちいさくほほえんだ。

「ま、まあ、玲子さま。玲子さまは隼人さまを璃玖さまに取られてしまって、悔しくないのですか? 一年の時に、学年の誰もが、あなたがたお二人がいずれ輝けるダイヤモンドペアになると思っておりましたのに!」

京子の言葉で、玲子と呼ばれた少女が、去年一年間隼人のペアのお嬢さまだったことが分かった。今のふるまいからも分かる、とても完璧なお嬢さま。璃玖は自分の至らなさを彼女とを比べて、恥じ入りたいほどの気持ちになって俯いた。その時。

「璃玖お嬢さま、顔をお上げください。あなたは公正な抽選によって私のペアに選ばれたんです。私のことを思うのなら、私の為にも顔をお上げください」

壁際に控えていた執事たちの中から、隼人が声を上げた。まっすぐに璃玖を見つめるその視線に、力を貰うようだ。

「隼人……」

「失敗は誰にでもあります。大切なのは、同じ失敗を二度と繰り返さないことです。璃玖お嬢さまは櫻乃に入ってまだ間もない。他の同学年の方々と比べて出来ないことが多いのは、仕方ないのです」

真っ直ぐな声が、璃玖に届く。璃玖は隼人の言葉に勇気を得て顔を上げると京子を見て頭を下げた。

「私の勉強不足で折角のお茶の時間に水を差してしまってすみません。でも、紅茶はまだまだ出て来ますし、お菓子もまだ手がついてません。良ければお話をしながら、皆さんでこの時間を楽しみませんか?」

真っ直ぐ堂々と。璃玖がそう言うと、京子はふん、と顔を背けた。

「は、隼人さまと玲子さまの顔に免じて、水に流して差し上げても良くってよ。運がいいこと」

京子がそう言うと、玲子が璃玖に目配せして微笑んだ。

ぎゅっと、胸が絞られる。

あの人が、隼人のペアだった人。