「今日のお華の時間では、先生に花ばさみの使い方がおかしいと指摘を受けたそうですね。花ばさみの使い方を誤ると怪我にもつながりますから、お気をつけてください」

学校からの帰り道、隼人が今日の璃玖の授業を振り返っている。一年前まで大声で笑いながらされたダメ出しと違い、口調も改まり、声音は穏やかだが、璃玖にはしっくりこない。

「璃玖お嬢さま、どうかされましたか? そんなに不貞腐れていては、かわいらしいお顔が台無しですよ」

「待って! 本気じゃないことは言わなくていい!」

流石にお世辞だと分かる。璃玖は隼人の視線から逃れて、動揺を隠した。なのに。

「お世辞ではありませんよ。璃玖お嬢さまはかわいらしい。私が保証します」

などと言うから、更にいたたまれなくなる。

「ねえ、隼人……。執事って言っても、なにもお嬢さまを全肯定しなきゃいけない規則はないんでしょ? 本音で接して欲しい。そうじゃなきゃ、私が会いに来た意味がないよ」

璃玖が言うと、隼人が口を開く。

「私はこの学園で執事になるべく努めています。お嬢さまに対しても、そのように当たるのが筋かと」

「筋、って考えてるってことは、本当はそう思ってないってことでしょ? ねえ、他のお嬢さまならともかく、私にはそんな風にしなくていいんだよ? 隼人だって私相手にそんなこと……」

したくないでしょ、と続けようとして、続けられなかった。隼人に伸ばした手を、払われたのだ。パシッと軽くて乾いた音がして、その音で隼人は我に返ったようだった。直ぐに腰を90度折って、謝罪をする。

「申し訳ございません。己を律せないなど、執事の風上にも置けません」

そう言ったまま、頭を上げない。

「ううん。私は隼人が今日初めて本音出してくれたのが嬉しいよ。やっぱり私を相手にしてお嬢さま、なんておかしいでしょ? だから以前みたいに接して欲しい」

「お言葉ですが、お嬢さま。でしたら、何故あなたはこの学園に入っていらしたのですか? この学園で私とペアになれば、私はお嬢さまに傅くことしか許されません。それ以外の何も、許されないのを御存じで、入っていらしたのではないのですか?」

「そ、それは……」

お嬢さまと執事に許されることを深く考えなかった。櫻乃に入ったら、また以前のように楽しく過ごせると思った。自分が寂しかったから、隼人もそうであると思いこんでいた。全て、間違っていたのか。

「ご……、ごめんなさい……」

俯く璃玖に、隼人がため息を吐いた。

「璃玖お嬢さま。今からでも遅くない。私とペアを、解消しますか?」

は?

「私に傅かれるのが嫌なら、ペアを解消するしかありません。私は執事見習いとしてこの学園に居ます。私とペアを組み続けていけば、お嬢さまの意にそぐわぬことしか出来ないでしょう。お嬢さまが望むなら、私はそれを受け入れます」

「で……っ、でも、私とペアを解消したら、隼人は他のお嬢さまとペアを組むんでしょ? そんなの嫌だよ……」

そんな光景、見ていられない……。

他の誰かに微笑む隼人を想像して、胸がぎゅっと痛くなる。それをぐっとこらえると、ぽつりと呟きが落ちた。

「……あまりかわいいことを仰らないでください。攫ってしまいたくなる」

ひたと合った視線の先の瞳が、熱に浮かされたように璃玖を見つめてくる。どくん、と心臓が鳴って、自分から目線を外した。

「は、早く帰ろ? 櫻乃の寮では執事がご飯作ってくれることもあるって、ホント?」

璃玖の言葉に隼人がくすりと笑みを漏らす。

「そうですね。お嬢さまのご要望とあらば、叶えて差し上げるのが執事の役目です」

「じゃあ、私、今日ハンバーグが良いわ。目玉焼きの載ったやつ!」

「お嬢さまの好みは変わりませんね。目玉焼きは半熟でしょう」

「そう! 黄味を割った時にとろ~っとデミグラスソースに混じるのが良いのよ!」

「ふふ。では腕を揮いましょう」

楽しみ! と、隼人の隣を歩く。隼人は苦笑いを浮かべていた。