「や……っ、たあ……」

璃玖は校内に張り出されたペア分けの張り紙を見て、思わず感嘆の声を上げた。それもそのはず。璃玖のペアは、高校受験直前に進路を変えてこの高校――櫻乃学園――に一人で入学してしまった、幼馴染みの隼人だったからだ。

璃玖と隼人は家が隣同士という、いわゆるベタな幼馴染みで、中学になっても登下校を一緒にしていたくらいの仲だった。隼人は中学三年の二学期までは璃玖と同じ高校を受験目標としており、よって高校一年の春からは当然一緒の高校に通うのだと信じていた。

それなのに公立高校の受験日前日に、「俺、もう受験終えたから」と言い放ったのだ。はあ? 聞いてないよ。私に相談なく一体何処受けたのよ。そんな憤りの気持ちで受験した高校を聞けば、お嬢さまと、そのお嬢さまに仕える執事を育てる櫻乃学園という高校だという。

っていうかあんた、仕えたいお嬢さまなんて居たの? 今までそんな素振り、見せたことなかったじゃん! そう璃玖が憤ってもおかしくなかったと思う。そして決めたのだ。一年後、絶対櫻乃学園に編入すると。絶対隼人を逃がさないんだと。

だって隼人は璃玖にとって何よりも特別だったから。『お嬢さま』なんかに取られてたまるかって思った。だから一年間、必死で勉強した。今まで経験したこともなかった、お茶やお花、ピアノ、社交ダンスまで。流石に社交ダンスを習いたいと言った時のお母さんの顔は、忘れられない。あんた何目指してんの、っていう呆れた顔だった。でもそれくらいしないと櫻乃学園に入れなかったから。お嬢さまの一員になれなかったから。(両親には大感謝だ)

兎に角これから卒業までの間、隼人は璃玖のペアだ。途中編入の璃玖のペアに隼人がなった、っていう事の裏側に、一年間隼人とペアを組んできた子とのペア解消があったっていうことも知っている。でもそれを知っても、璃玖は隼人とペアを組めることが嬉しかった。今日からお嬢さまと執事だよ。何て言ってくれるのかなあ。ペア発表の張り紙を見ながらそううきうきしていたら、「うっそだろ」という耳馴染んだつぶやき声が聞こえた。璃玖は嬉しくてくるりと後ろを振り向いた。

「嘘じゃないよ。今日から隼人は私の執事だよ」

うえー、マジかよー。そんな軽口の押収の開始のつもりだった。だけど隼人は璃玖の目の前で90度腰を折って、優雅に礼をした。

「かしこまりました、璃玖お嬢さま」

「っ!?」

しかし隼人の挨拶に度肝を抜かれたのは璃玖だった。璃玖が知ってる隼人は、璃玖と時に憎まれ口も叩く、親しい幼馴染みだった。それが『かしこまりました』!?

(そ、そうだよね。ここはお嬢さまと執事の高校だもん。私はお嬢さまなんだよ)

そうは思ってみても、隼人に会いたいと言う気持ちだけで学園に編入した璃玖に、隼人は親し気な態度を取らない。どころか。

「璃玖お嬢さま。一限目の授業はお茶の時間と聞いております。移動教室で、遅れられませんよう」

そんな言葉を貰ってしまって、正直戸惑う。

(……私は、隼人と今まで通り仲良くしたかっただけなのにな……)

隼人は変わってしまったのだろうか。誰かの執事になるべく、その能面を折り目正しい青年に変えてしまったのだろうか。何が、隼人を執事の道へ導いたのだろうか。隼人が櫻乃学園の寮に入ってしまってから、ずっと聞けなかった疑問。その答えを聞くために隼人のペアになったことは、もしかして間違いだったのではないだろうか。璃玖はそんな予感に、足元をすくわれそうだった。