__時は遡って風邪の霞を屋敷に連れ帰った日

《side.桜坂恭介》
風邪薬を飲んだ彼女の視界を遮るとものの数十秒で寝息が聞こえてきた。目を覆っていた自らの手をそっと離す。


「……まいったな」

浅く座っていた椅子に深く座り直す。意図せずため息が漏れる。彼女の右鎖骨にあるアザ、いやこれは刻印だ。ワイシャツの間から覗く黒い線で見事に描かれた薔薇を見やる。


彼女が生まれるずっと昔から俺はこの刻印を知っている。この先どうすればいいのか頭が回らず、現実逃避するように目に腕を置く。


天井を向いている俺のシャツの隙間から、それはわずかに顔を出す。


彼女のよりも大きく左鎖骨に刻まれた黒薔薇の印。もとい不老不死の呪いだ。


彼女は痛みがないと言っていたが俺のコイツは新月の日に暴れ出す。あの痛みが彼女を襲ってなくてよかった。



「ぃや……やめ、て」


その時、眠っている彼女がうなされ始める。頭に触れ、彼女の夢を見た。もう夢の中でくらい彼女を泣かせないでくれ。


本当にこの子は世話が焼ける。それでも俺の口に微笑が滲んでいるのが窺えた。


手がかかるほど可愛いくなってしまう。世話をするほど綿に包むほど大切にしたくなる。