○武家屋敷・縁側(夜)
夜のとばりが降りた夜、縁側に私と白紫色の長い髪に青紫色の瞳の偉丈夫が並んで座って、広々とした庭を眺めていた。
私の白ブラウスに黒のスカートという安っぽい服装に対して、隣に座っている偉丈夫――白蛇神、紫苑は上質な白い着物を着こなしていた。
金の刺繍をふんだんに使ったそれはどう見てもかなり高いものだというのがよく分かる。人外の美しさが相まって目を合わせるだけでドキドキしてしまう。
「少しはこの空間に慣れたかい?」
「あー、まあ。驚かなくはなりました……」
「そうか。じゃあ、この空間を一度壊して現世に寄せれば――」
「今のままでとても素敵です! このままがいいです」
「そう?」
ふわりと笑う。頬を染めて色香全開の笑みは心臓に悪い。
空は私の知る世界とは異なり月が二つ浮かんで、空には白銀色の龍や羽根を生やした魚たちが自由気ままに浮遊している。
《幽世》、それが白蛇神――紫苑の住んでいる世界。
現世とは異なる空間らしい。
「今日も小晴が喜ぶものを用意したんだ、褒めてくれるかな?」
甘い声に、蕩けるような笑顔。
人外の美しさを持つ偉丈夫を前に私の心臓は今日も持ちそうにない。
***
○飴細工店・店内(雨)
十一月下旬、急な雨から粉雪に変わると、グッと寒さが増した。暖房を入れても古い建物で工房にも繋がって広いため、中々暖かくならない。
今日は午後から飴細工体験ツアーが入っていたのに、この雪のせいで直前のキャンセルになってしまった。前料金を貰っているが、雀の涙程度だ。
(はあ……。今月も売上げが厳しそう)
都内の箔可香町は町中に広がる運河があり、江戸時代から小舟での移動が色濃く残っている。小舟での移動などは観光客の受けもよく、飴細工や昔ながらの呉服屋や和菓子店が数多くある中で、私の飴細工店もそれなりに知名度はあった。
飴細工・覡は両親から受け継がれた伝統のある飴細工職人だった。幼なじみであり、四代目の黒鉄浅緋が他の職人を引き抜いて独立したため、二年前から私が五代目としてこの店を継いでいる。
昔から何でも張り合っていた彼が、世界に進出するためパリで店を出すと聞いたときは驚いたものだ。けれど私は両親の残してくれた店を守りたくて喧嘩別れしてここに残った。
そこに悔いはないけれど、営業やら経験の未熟な私では店を切り盛りするだけで精一杯でたまにこうして暇ができてしまうと落ち込んでしまう。