「おいで」

蒼に手を引かれて砂浜を波打ち際まで歩いていく。今日もよく晴れていて、海のむこうに水平線が一直線に見えている。

「いい天気だな」

「だね」

蒼に手を引かれるのも、こうして話をするのも最後だと思うとやっぱり晴れ渡った空も海も涙の色に見えた。海水に濡れないギリギリのところで蒼が足を止めると蒼が私から手を離して向き直った。 

「今日で……七日目だな」

「うん……あっという間だった」

「……で、俺さ。今日東京に行くことにした。もう、家には戻らないと思う」

「え……?」

元々七日間限定の恋愛ごっこだ。それでもこの街に住んでいる限り、どこかでまた蒼に会えるような気がしていた私は言葉を失った。

「元々、今日新幹線のチケット取っててさ……正直悩んだけど……やっぱり行く。夢もう一回だけ追いかけてみたいから」

蒼の言葉に私はキュッと唇を噛み締めて想いを呑み込んだ。

「そっか……蒼……あの、家とかは?どうするの?」

蒼が東京へいき夢を追いかけるのは応援したい。蒼が決めたことなら尚更だ。でもまた蒼がしらない女の人の家を転々とするのだけはどうしても嫌だった。

「うん、SNSで知り合った同じ音楽仲間とシェアハウスで暮らすし、楽器店でのバイトも決まってるから、大丈夫。ちゃんとしたとこに住むから」

「分かった……頑張ってね……」

もっと上手に返事がしたいのに蒼が遠くに行ってしまうと思うと涙を我慢するので精一杯だ。

蒼が眩しそうに目を細めて水平線を見つめた。

「行ってくるな、あっち向かって」

そして振り返ると蒼が唇を持ち上げた。

「俺、月瀬の小説好きだよ」 

「えっ?蒼……もしかして読んだの?」

「まぁ、その預かってる間にチラッとのつもりがガッツリと……その恋愛小説自体、俺初めて読んだ」

蒼が恥ずかしそうに頬を掻くのを見ながら私の頬もピンクに染まった。

「確かに……拙いとこもあったけどさ……でも素直に伝わってきたよ、月瀬の飾らない真っ直ぐな想いが詰まってた。小説のことはわからないけど、俺は月瀬の書く文字っていうか言葉が好きだな」

「あ……りがと」 

「えっと、どういたしまして」

蒼は照れ臭そうに掌を首元に当てた。心臓はもういつから早くなっているのか分からない。私は潮風を吸い込むと深呼吸する。