その物語のタイトルはいま君の掌の中に

図書館の窓辺にオレンジ色のまあるい夕陽が差し込みはじめてから、私達は図書館をあとにした。

「いやー、よく寝たな」

あのあと私は、夏目漱石集を読破したが、隣の蒼は目を開けたり閉じたりしながら、ギターのアプリをずっといじっていたように見えた。

「時々、目開いてたから作曲してたのかと思ってた」

「さぁ、どうでしょうか?月瀬、手出して」

「え?」

蒼がポケットに手を突っ込むとワイヤレスイヤホンを取り出して一つを私の掌に乗せた。

蒼が左耳につけるのを見ながら私はなんとなく右耳にイヤホンをつけた。

「俺の一番好きなことは作曲。で、これが今俺が一番好きな曲」

蒼がスマホを操作すると、すぐに右耳から音が流れてくる。低くくもなく高くもない音の羅列がゆっくり踊りながら、音のひとつずつと手を繋ぐように優しさを見に纏いながら耳の奥へと流れていく。

「……優しい……音」

私はテレビも見ないし音楽も全く聴かない。知識のない私は、この曲が音楽的に良いのか悪いのかは分からない。ただ一つ確かなのは。

「蒼、私この曲好きだな」

いつも私の目を真っ直ぐにみて話をしてくれる蒼に、私もしっかり視線を合わせて微笑んだ。