その物語のタイトルはいま君の掌の中に

──どのくらい泣いてただろうか。
ひとまず今日、心で製造された分の涙を全て吐き出すと私はようやく蒼の目を見て笑って見せた。

「蒼くん、すっきりした……」

「うん、月瀬すっきりした顔してる。目パンパンだけどな」

悪戯っ子みたいに笑う蒼をいつのまにか夕日が照らしていた。

「……そろそろ帰るか」

蒼が立ち上がると少し汚れたお尻を掌で払った。

「今日……どこ泊まるの?うちあいてる部屋あるけど」

父は今日も仕事で戻ってこない。帰ってくるのは週に2回程だ。蒼が自宅に帰るのが嫌で女の人の家に泊まると思った私は思わず聞いていた。

「気使ってくれてんだ。大丈夫、今日は、っていうかさ、女の人とは昨日メールできったから。月瀬と付き合ってる七日間は家ちゃんと帰る」

「あ、うん。分かった」

ほっとすると同時に付き合ってるという言葉にドキドキする。

「あと蒼でいいよ。そんでもっていきなり家に男呼ぶなよ。俺みたいにいいやつばっかじゃないからな」

蒼が私の額にコツンと拳を当てた。真っ赤になった私が俯くと蒼が笑う。

「顔真っ赤」

「蒼くん、やめてよ」

「蒼」

「うん……えと……蒼」

名前から『くん』を外すだけなのに穴があったら入りたいほどに恥ずかしい。

「ぷっ、イチゴみたい。じゃあ帰ろっか」

「うん……」

蒼の後ろを少し離れて歩いていく。春風が蒼の髪を撫でて、そして私に芽生えた小さな恋の芽もそっと揺らした。