◯舞の部屋 ある日の放課後


舞が英語の教科書を手に持ち、音読する。


舞「イフ アイ ウェア ア バード…」


リアムが舞の部屋のドアをノックする
――コンコン

リアム「舞のお母さんからお菓子持っていってあげてって言われたー。」
舞(…部屋、それなりに綺麗だしいいかな。)「入っていいよー」


リアムがドアを開けて入ってくる。お菓子のトレーを舞の机の上に置く。


舞「ありがとー」
リアム「どういたしまして」
舞「イフ アイ ウェア ア バード アイ クドゥ フラーイ トゥ ユー。」


リアムの動きが止まる。


リアム「舞…?」
舞「何?」
リアム「発音おかしくない?」
舞「え」
リアム(あ、やべ、こういうのズバッと言わないほうが良かったよね…。嫌味って思われちゃう…)

リアムが手で口を抑える。

舞(…確かに私、発音苦手なんだよなぁ。そうだ、教えてもらうのいいかもしれない!なんていったってリアムはネイティブだし!)
リアム(あー…今の発言で嫌われたかな…。)


天才的なアイディアを思いついてしまったかもしれない!という、輝いた顔の舞と、絶対に好感度下がった…、と落ち込み気味の顔のリアム。


座った状態の舞が、立っているリアムの服の裾を握る。

舞「ねぇねぇ、発音の仕方教えて!」
リアム「え?」
(聞き間違えたかな?)

驚き、リアムが固まる。

舞「だから、英文の発音の仕方教えてもらえない?」
(…あー、でも、私に付き合ってもらってる暇なんて無いか…。軽率に自分の考えを口にしてしまった…)
「ごめん、忙しいよね、やっぱり大丈夫。」

リアムが、空耳ではなかったことに気づき、舞に食い気味で返事をする。

リアム「ううん、全然平気!! 一緒に頑張ろう舞!! 舞ならできるよ!!!」

リアムが舞の手を取り、両手で包み込むように握る。
一方舞は、苦手なことがついに解決できるのかもしれないと思い、顔に笑みが広がった。


〇数分後 (変わらず舞の部屋)


机に向かい合うようにしてリアムと舞が座っている。


舞「わかんないよー」
リアム「だからーここは、"were"って発音するの」
舞「ウェア?」

首をかしげる舞。

リアム「ちがーう! こう。いい?俺の口、しっかり見てて。」


リアムが舞の顔を両手で包むようにして持ち、自分の方へと顔を向けさせる。リアムと舞は、お互いのことを至近距離でしっかりと見つめ合っていた。そんな状況に、舞は困惑しながらもリアムが教えてくれることを聞きもらさないよう、努力しようとしていた。

リアム「Repeat after me.」


リアムがゆっくりと丁寧に発音する。
舞は思わずきゅんとするも、本人の自覚はない。


舞「はい…っ」

リアム「If」
舞「If」
リアム「I」
舞「I」
リアム「were」
舞「ウェア」
リアム「were」
舞「were」
リアム「a bird」
舞「a バード」

リアムが舞の顔を包んでいる両手をそっと離す。


リアム「舞?」
舞「まい…じゃなかった…何?」
リアム「"r" の発音が苦手みたいだね、やっぱり。」
舞「うーん…難しいんだよね。」

どうしたものか、と二人黙って考えていたところで、舞のお腹が鳴った。

リアム「休憩しよっか?」
舞「…お菓子持ってくる」


舞が部屋を出ていく。少しすると、お菓子をもって戻ってきた。
向かい合うようにして、床に座る。


舞「てかさ、今思ったんだけど、昨日今日であんたの性格変わったよね」

舞が水を飲みながら言う。

リアム「えー、自覚ない!」
舞「うーん…なんていうんだろう。昨日までは、会えば唐突に抱きしめてくるわ、いきなりキスしてくるわ、含みをもたせたような囁き方するわで、なんだか『女子の扱い手慣れてます☆』って感じのチャラ男感満載だったじゃん」
リアム(Wow 僕そう思われてたんだ)

ショックを受けたような顔のリアム。

舞「でも、今日は、『チャラ男が本気の恋しちゃった…』って感じ。」
リアム「えっ」
(なぜわかる!?!? …でも、舞に直接 "I love you." って言ってるんだから、わかってて当然か。やっぱり、僕の気持ちはちゃんと伝わっている…?)
舞「なーんてね。まだ日本に来て2週間位しか経ってないのに新しい恋に落ちました、なんて流石に無いか。」
リアム(あ、やっぱりまだ気持ちは伝わってないみたい)
「どーでしょー。僕の恋愛話、聞く?」
舞「あんたの恋愛事情に絡むと厄介な気がするんで遠慮します」

――ビ――っ
舞の携帯からアラームが鳴る。

舞「やばい、そろそろ塾に行かなきゃ。」
リアム「いかないでよー、僕と一緒にいてほしい…!」

少しの希望を持ってそう言ったリアム。

舞「ごめん…流石にサボれない。じゃあ、今日はありがとね」
リアム「他の人のこと、見ないでね? 僕のことだけ見ててよ」
舞「なーに、彼氏じゃないのにどうした?」

舞が立ち上がり、部屋のドアを開けてリビングへ降りていく。
舞の部屋に一人ぼっちのリアム。


リアム(そっか…そうだよね、彼氏じゃないんだもん)
「脈なし…か」


誰もいない部屋で一人、ぼそっとつぶやいた。