緋織先輩がポカンと口を開けると、一筋の涙が頬を伝った。



「……っ? え、でも私、こんな風に情緒がおかしくなっちゃうときもあって」

「まぁ人間ってそんなもんじゃないですか?」

「え、え? なんで、なんで」

「何がですか?」

「大ちゃんの言う通り、なの……?」



 は? 『大ちゃん』?


 なんでここでアイツの名前が出てくる?


 黒い感情を滲み出そうとするのを慌てて止めた。


 いけない。俺はもう緋織先輩の恋人にはなれないんだから、嫉妬はほどほどにしないと。



「……夢、みたい」



 頬を赤らめた涙目の上目遣い。


 夢みたいなのはこっちだ。


 これからもっと生殺しになるなんて、……ほんと、ずるい人。


 俺は、やめた方がいいと警鐘を鳴らす頭を無視して彼女を抱き締めた。



「……へ、す、スイくん、っ?」

「可愛すぎる緋織先輩が悪いです」

「っ、っっ……」



 あー困ってるなー、ってちょっと苦笑する。


 とはいえ、全部打ち明けた後なのにまだこんな態度を取ってる俺にびっくりしてるだけだ。


 緋織先輩にとってこれは父親と子供のスキンシップにすぎない。


 これ以上期待しなくて済む。


 いいな。わかりやすくていい。


 緋織先輩は恐る恐る俺の背中に手を回してきた。


 受け取るんだ、そこ。


 酷い先輩。