俺はとっさに五ミリほど彼女の方に近付いた。



「もしかして、か、彼氏? クソイケメンだが……?」



 会釈しながらもう二ミリ近付いた。


 まぁどうせ彼女が否定するんだろうけど、少しの時間だけでも勘違いされるのは大歓迎だ。



「ううん、親戚の四宮(しのみや)(すい)くん! 昨日からウチに住んでるんだー」

「同居じゃん」

「同居だよ!」

「……へー」



 ニヤ、『大ちゃん』が俺に不敵な笑みを浮かべた。


 ……なんだ。良いことを言われそうな雰囲気では、ない。


 警戒して見つめ返す。


 彼は大きく胸を張って、



「四宮くん、一つ教えてあげるとしたら……
緋織は、ムズい!」



 ドヤ顔で言い放った。



「……経験談ですか」

「アッ違う違う! そこは安心してもらっていいから!」

「はぁ……」



 そんなにすぐ信用できるわけがなかった。


 こっちは彼女の学生生活をほとんど知らないんだ。


 いかにもな仲の良い男女としての関係性を見せられて、焦らないほどのんきではない。



「……もう、行きましょう。
…………緋織、先輩」



 俺は彼女の――緋織先輩の、袖を軽くつまんで引っ張った。



「そ、そだね! 大ちゃん、またね!」

「お、おー……」



 二人の特別な空気感を追いやるように足を進ませる。


 桜を見下ろした先で、『大ちゃん』と目が合った。



「……ガチじゃん」



 去り際に、彼の呟きが耳に入る。


 ……ガチで、何か悪いんですか。