「緋織先輩、いい匂い……」

「す、スイくんと同じ匂いだよ」



 お風呂上がりのドライヤーをスイくんがしたいと言うので任せたら、匂いを嗅がれて髪にキスまでされた。


 スイくんの猛攻が止まらない。



「はぁ……好き。好きです。ほんとに、すき」



 後ろからぎゅっと手を回され、身動きが取れなくなった。


 私はひたすら顔が熱い。


 じんわり幸せを噛み締める。



「帰りたくないな……」



 ぽつりと本音がこぼれた。

 
 スイくんに好きって言われて、自然に囲まれながら美味しいものを食べて。


 ずっとこのゆったりとした時間を楽しんでいたい。


 永遠に続けばいいのに。





「……それは、お父さんに会うからですか?」





 思考がピシ、と止まった。


 もうすぐタイムリミットなのだ。


 自分の家に帰るのと同時、私は――お父さんのお墓参りに行かないといけない。


 隣で丁寧に手を合わせるお母さんの姿を見ながら、私は……。


 考えるだけで憂鬱が広がってくる。


 なんでスイくんはわかっちゃうのかな……。



「うん、なるべくお父さんには会いたくないんだ……」



 背中をスイくんに預ける。



「話したいことも、なんにもないし。……合わせる顔も、ないし」



 だって私、お父さんのことが嫌いだから。


 恨んでいるから。


 でも、隣で真剣な人がいるのに貶す言葉なんてかけられない。


 早くこの時間が過ぎてほしいって、願うだけ。