それに、これでスイくんに好きになってもらえたら、本望……だし。



「……やめてください」



 ただし、そんなに簡単じゃないことは重々承知だ。


 スイくんの突き放すような声色は、私の体を急速に冷やした。



「俺は――緋織先輩のためならなんでもできる、けど。平気なわけじゃ……ないんです」



 頭を手で押さえて、苦しそうに続きを告げる。



「俺を惑わせないでください。これ以上は、もう……」



 ――え?



 てっきり、睨まれるんだと思ってた。


 でも、顔を上げたスイくんの瞳は――なんだか熱くて。


 物欲しそうにこっちを見ているような、そんな気がして。



「……っ、襲われても、文句言えないですって」



 な、なんだろう、これ。


 心臓がどんどん早くなっていく。


 スイくんの顔が近付いてくる。


 私は、反射的に目を閉じてしまう。


 ドキ、ドキ、ドキ――。




「……お風呂行ってきます」




 気配はスッと横を通りすぎた。


 ……あれ。


 目を開けて振り向くと、足取りのおぼつかないスイくんがふらふらと廊下を歩くのが見える。


 角を曲がる最後の瞬間まで、彼がこちらを向くことはなかった。



「……なんだ」



 なんにもないんだ。






 その夜はいっぱい話したいことがあったのに、全部どっかに消えちゃった。


 布団の距離も遠いなって気付いてたけど、わざわざくっつけるようなことはできなくて。


 眠るスイくんの背中をずっと見つめていた。