自分が何とかしなければ、永遠にこの状態のままである。であれば、ここはもう本人を鍛えるしかない。

(よし、いっちょうやってみますか!)

椋毘登(くらひと)、これから歌の練習を始めましょう!私がみっちり、教えてあげるから!」

「え、歌の練習だって?」

 椋毘登は思わず嫌そうな表情をする。だが稚沙(ちさ)の歌にかける情熱が凄まじく、どうにもならい状態となる。
 かくして稚沙による、椋毘登の和歌の練習が始まった。

 まずは和歌の基本的な流れを説明した後、稚沙が椋毘登の為に歌の題材を考える。そして彼はその題材にのって様々な歌を考えていく。だが椋毘登の歌の出来はどうにもいまいちである。

「ちょっと椋毘登、なんでそんな言葉の使い方になる訳?歌は単に言葉をならべるだけじゃないのよ!」

「え、だってこの方が分かりやすくて良いだろ?」

「和歌はいかに情感を乗せて、美しい言葉と豊かな表現を詠み上げるかが大事なの。はい、もう一回歌を考え直してみて!」

 稚沙の椋毘登に対する指導は思いのほか厳しかった。いくら彼が有力豪族の生まれで、とても能力に優れているといっても、歌の1つも満足に詠めなければ、周りの人達から笑われてしまう。

 だがその熱の入れようは、彼女の声にも表れており、徐々に周りの人達も、彼らに気づきだした。
 そしてついに2人は、彼らからの冷やかな目線が向けられるようになる。

 椋毘登はそんな空気に耐えられなくなり、稚沙にそっと声を掛ける。

『おい、稚沙、周りを見てみろ。皆が俺達を白い目で見ているぞ』

 椋毘登にそういわれ、稚沙はふと周りを見渡した。彼がいうように、他の者達は明かに不愉快そうな表情をしている。

 そこで稚沙は、自分達が歌の詠み合いの邪魔になっていることにようやく気付いた。

「やだ、私ったら、ついつい熱が入り過ぎちゃって……」

 彼女は思わず恥ずかしくなってしまった。椋毘登の為とはいえ、他の人達に迷惑を掛けてしまうのは流石に申し訳ない。

「とりあえず、ちょっと休憩して食事にしよう」

「そ、そうね。私も丁度お腹が空いてきた頃だし……」


 稚沙は横においてあった袋から、握り飯とおかずの酢物を取り出し、それを椋毘登に渡した。そして二人して、ご飯を口にほおばっていく。

 そうしていると、他の人達もまた相手との歌の詠み合わせの方に意識を向けなおした。

 またここから少し離れた所では、簡単な市も開かれており、そちらに向かう若者達もいるようだ。

(でも何はともあれ、休日に椋毘登と二人で外に出てきて良かったわ。まぁ、彼の歌の出来ばえは、まだ全然だけど……)

 稚沙はふと椋毘登の顔をのぞく。彼も歌の詠み合わせから解放されて、幾分機嫌も良くなっているようだ。

 彼は彼で日頃忙しくしているので、今日はきっと良い気分転換になったはずである。