「本当に全くだ。それに馬子の長子である善徳(ぜんとこ)寺司(てらのつかさ)にたずさわっている。それで実質の後継者は蝦夷(えみし)になるが、あいつはまだまだ若い……」

 蘇我馬子(そがのうまこ)の長子は蘇我善徳(そがのぜんとこ)という青年だが、彼は馬子の建てた法興寺(ほうこうじ)の寺司を命じられている。なので政的な後継者は蝦夷が有力視されていた。

「だから摩理勢(まりせ)の叔父上の支えが必要なんですよ。俺も蝦夷も、まだ叔父上達の代わりには到底なれない」

「だが椋毘登、最近お前は兄の馬子の傍によく付いている。理由もそれなりには聞いているが、余り首を突っ込むんじゃないぞ。その方がお前のためだ」

「ええ、分かっていますよ。俺はあくまで護衛のみ」

 椋毘登はふと後ろの稚沙(ちさ)の様子を見る。彼女は今も尚、椋毘登の後ろで心配そうにしながら様子を見ていた。

 そんな彼女の様子を確認したのち、彼はまた続けて話をする。

「俺自身、政に積極的関わるつもりもなく、刀で誰かを自ら殺めるつもりもない。そもそも、それを前提で馬子の叔父上の護衛を引き受けたのだから」

 稚沙はこの話は初めて聞いた。つまり椋毘登は己の欲や権力の為に、人を殺めるつもりはないらしい。

(椋毘登は、好きで人を殺めたりはしないんだ……)

「とりあえずお前は、自身の父親同様に大人しくしていろ。では俺たちは先を急ぐ」

 境部臣摩理勢(さかいべのまりせ)はそういうと、隣の馬に乗っている毛津(けず)に目で合図をし、そのまま馬を走らせてその場を後にしていった。

 それから稚沙は摩理勢の親子達が遠ざかったのを確認すると、思わず安堵する。

(とりあえずは、助かった)

「あー怖かった。境部臣摩理勢って、私何だか怖くて苦手なの。それにしても彼の息子たち本当に失礼しちゃう!私の方が年上だっていうのに~!」

「まあ、あの人は見た目からして怖そうな顔立ちだからね。それとお前の容姿は今更どうしようもない」

「そ、それはそうだけど……」

(何よ、椋毘登。私が嫌味をいわれていたんだから、少しぐらい気づかってくれても良いのに)

 自身の容姿のことは、椋毘登からも以前にいわれている。それに彼女自身そのこと酷く哀しく思っている訳ではない。だがああいう場面では、多少なりとも庇ってもらいたかった。


「まあ、とりあえず変に色々と検索されずにすんで良かった。あそこで俺が稚沙を助けるようなことをすれば、あいつら兄弟が余計に面白がって、稚沙に何かしてくるかもしれないからな」

 どうやら椋毘登は、稚沙が毛津たちから目を付けられないようにする為、彼女を変に庇うことなく、話をそらしたかったようだ。

 また先ほどの会話中も、彼は出来るだけ稚沙の顔を摩理勢親子達に見せないようにしている感じにも見えた。