「ただいま。」


しんと静まり返った家に私の声が響く。

今日は親が帰ってくるのが遅くなる日!
だから……

私は急いで支度を整えると、


「行ってきます!」


と言って、すぐ隣の家のインターホンを押す。


「はーい。あら、香恋ちゃんいらっしゃい!」


するとすぐに声がして、玄関の扉が開いたんだ。

「入って入って」と嬉しそうに促す人は私の幼馴染のお母さん。

私達は家が隣同士で、親同士の仲も良いため、こうしてたまに夕飯をご馳走させてもらってるんだ。


「柃くんママ、お邪魔します。」


私はそう言って、柃くんの家に入る。

久しぶりにきたな……。

実は私、ここにくるのは2ヶ月ぶりくらいなの。


“私が柃くんに振られて、もうそんなに経つんだ……。”


そう、私がここに来なかった……来れなかったのは、幼馴染の柃くんに告白して、振られたからなの。

柃くんに彼女ができる少し前、とある事件が起こったんだ。

だから私は、幼馴染としてではなく、彼女として柃くんを支えたいって言ったんだけど……。

ものの見事に振られちゃった。

『香恋とはそのままの関係でいたい』って、ね。

それから気まずくて……、でも柃くんママを巻き込む分けにもいかなかったから、なんとなくこの家に来ることを避けてた。

それにしても……

久しぶりに来た柃くんの家は、相変わらずインテリアに統一感があって、それがお洒落な雰囲気を醸し出していたんだ。

全部、柃くんママがこだわって仕入れたらしい。

本当、センスがあって、憧れちゃう。


「香恋ちゃん、久しぶりね!来てくれて嬉しいわ。ご飯はできてるから、装うのを手伝ってくれれかしら?」


「はい、わかりました!」
 

私は悲しい気持ちを振り払うように元気よく返事をする。

柃くんママを心配させちゃうしね。

あれ、そういえば……


「今日って、柃くんいないんですか?」


私としては居たらどう接していいのかわからないし、居ない方が助かるけど。

いや、でも最近避けちゃってたから会いたいって気持ちもあるし……。


「あー……、今日は部活があるみたいなの。だから、私と香恋ちゃん2人よ!楽しみましょ。」


そうなんだ!

そっか……なんだ、立ち直れてるじゃん。

私の心配……、要らなかったのかも。


「そうなんですね!あの、怪我って……」


私の言葉はそこで途切れてしまう。

柃くんママの顔が険しくなったことで、すぐに後悔に変わったから。

これ、聞いちゃダメだったかな?

私、無神経すぎた?


「うーん、それがあまり良くはなってないんだけどね。休んでるだけなのは嫌なんだって。見学だけでもするって言って聞かなくて……」


そう、なんだ。

柃くんらしい。

お医者から止められるのに、変な所で頑固なんだから。

実は、“とある事件”というのは、柃くんが子供を助けて、交通事故に巻き込まれちゃったこと。

柃くんは小さい頃からバスケをしてるんだけど、その事故のせいで大怪我を負っちゃって……。

だから私は、柃くんの心の傷を少しでも癒せたら……と思ったんだけど。

余計なことをしちゃったんだ。

今考えたら、あんな追い詰められてる状態で告白なんてされたら、困っちゃうよね。

負担に、なっちゃうよね……。

でも、ね。

言い訳になっちゃうかもしれないけど、心配だったんだ。

あの時の柃くん、今にも消えちゃいそうなくらい活力なくて……、柃くんを必要としてる人がいるんだよって伝えたくて……。

『好きだよ。』って言っちゃったんだよね……。

最初は友愛的なものでの意味だって捉えられて、それでもいいかなって思ってた。

だけど、一生に一度の告白をそんな風にしちゃっていいのかなって、思い直して……。

もう、本当に気持ちが止められなくなっちゃったんだよね。

今は、後悔してる。

あのタイミングでは、なかった……って。

今更後悔したって、遅いんだけどね。

もう……


「ただいまー…って、香恋!?」


えっ、柃くん……!

あれ、部活なんじゃ……


「柃?部活って言ってたじゃない。どうしたの?」


私が疑問に思っていると、すかさず柃くんママが驚きながら尋ねる。


「今日は見学だけって……、てか香恋が来るなら先に教えてよ。俺、汗だくじゃん。見学って言っても、マネージャーみたいなことさせられてたから、結構動くんだよ。」


柃くんは、少し口を尖らせながら柃くんママにそう言うと、「シャワー浴びてくる」とすぐに2階の部屋に行ってしまったんだ。

まさか、会うことにあるとは思わず、私はその場に立ち尽くしてしまう。

家を出る時は、覚悟してたんだけどね?

でも、いたいって知って肩の荷が降りた後だったから、余計に気を張っちゃったというか……。


「ごめんなさいね、柃帰ってくるとは知らなくて。まあでも、久しぶりに3人でゆっくり食べましょうか!」


「そう、ですね……」


私は柃くんママの嬉しそうな表情にそう言うことしかできなかったんだ。