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 俺はアイザック・ルース。つい先日まで王太子の側近として、どんな命令もこなしてきた。

 その敬愛する王太子殿下がついにこの国の王となり、月の女神の末裔であるラティシア様を妻に迎えたのだ。

 この俺もフィルレス様の推薦で宰相に任命され、これからもおふたりのために尽くしていきたいと思っている。
 それにしても、ここまで本当にいろいろなことがあった。

 もう二十年も臣下として仕えてきたが、あんなに取り乱したフィルレス様を見たのは初めてだった。



 あれはラティシア様が正式な婚約者になってから半年が経った頃だった。

 それまでフィルレス様は実の両親に思うところはありつつも、わりと平穏な毎日を過ごしていたと思う。俺はいつものように各部署へ書類を届け、諜報活動をおこなうため王城を歩き回っていた。

 財政部の内通者から国王陛下の財政状況をそれとなく聞き出し、次は騎士団長のもとへ向かうため階段を降りよう廊下を曲がった。

 そこで俺の目に飛び込んできたのは、床にうずくまり意識をなくしたラティシア様の姿だった。

『ラ……ラティシア様!?』

  慌てて駆け寄ると、手足が敬礼していくら呼びかけても意識がない。