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 空耳だと思った。
 私があまりにもアレスを恋しく思ったから、幻聴が聞こえたのだと思った。

 だけど、私を抱きしめた逞しい腕の温もりは確かで。
 私の耳元で囁く声に、心が震えた。
 求めていたのは私の最愛。

 アレスを見た瞬間に私の心は歓喜であふれる。収まる気配すらなかった怒りが綺麗に霧散していった。
 人前だというのにたまらず抱きついたのは、仕方ないと思う。

「まずは愚か者どもを捕縛しましょう」

 アレスはそう言って、見たことがないくらいのいい笑顔で、ハイレット様とクリフ様を縛り上げた。よほど不満があるのかふたりが醜く喚き散らす。

「私はブルリア帝国の皇太子だ! このような真似は無礼だぞ!!」
「ラクテウス王国の王太子妃へ危害を加えたのだから、牢屋に入れられないだけマシよ」
「待てよ! オレは皇帝に脅されて渋々従っただけなんだ!! ロザリアへの気持ちは本気なんだ!! わかってくれ!!」
「自分の気持ちを押しつけてくるだけの人に、なぜ私が配慮しないといけないのかしら?」

 為政者としての冷酷な眼差しで見つめたら、ふたりとも黙ってしまった。
 今まで見せたことのない私の姿に驚いているようだ。アレスは私のこんな姿も当然知っているので、久しぶりに見たという表情で微笑んでいる。