ジルは引退後に来日して、サーカス団に入団し、今年で6年目になるという。
すっかり日本の生活にも慣れて、日本語も上達した、と。
現在、トラピーズ(空中ブランコ)のリーダーとして、第二の人生を謳歌しているという。

「日本に来たら、ナナに会えると思って」
「まさかっ!アメリカに比べたら小さいけど、それでも日本っていっても結構広いよ?」

冗談だって分かってる。
だけどほんの一瞬だけ、彼の瞳が揺れ動いた気がして……。

たった一夜限りだけど、身も心も幸せを噛み締められたひと時だったから。
そんな相手が手を伸ばせば触れられる距離にいることが夢のようで。

「ナナ」
「ん?」
「ムーンサルト、見る?」
「……見たい」

あの日と同じようにウインクした彼は、軽く体を解しながら少し離れた場所へと。

「ナナ~!」

私の元へと駆け出した彼は軽やかに側転、バク転数回、そしてしなやかに後方宙返り二回、一回捻りをした。
あの日と同じに瞬きも忘れ、見惚れてしまった。
あまりに華麗でカッコよくて。

「ナナ?………ナナ??」
「あ、Excellent!カッコよすぎるよ、ジル」
「Thank you ♪」

あの時のあどけない雰囲気はもうなくて、代わりに大人の男を醸し出すような雰囲気を纏っている。
顔つきがシャープになったからなのかな。
屈託ない笑顔ではなく、クールさが滲み出ているからなのか。

7年という年月が、彼を更にカッコよく成長させたようだ。
封印したはずの心の扉が、カタカタと揺れ始めていることに気付いてしまった。