柴田はいつもなにかを言いたそうにしながらも、結局なにも言わない。一方的に睨まれるのはいい気がしないけれど、正直あまり関わりたくないというのが本音だった。
すると柴田は強気な顔をして、俺のほうに向かってきた。まるでそのまま殴りかかってくるんじゃないかと思うくらいの敵意だ。
口を真一文字に結んだ状態で、柴田は俺の前で足を止めた。
……おいおい、このまま決闘でもする気かよ。
ゴクリと息を呑んだところで、柴田の視線が外れた。やっぱり柴田はなにも言わなかった。
「……あ、」
柴田が横を通りすぎた瞬間に、思わず声が漏れ出てしまった。雨の匂いにまざって広がっていくフローラルの香り。
――『いい匂いでしょ? これお気に入りのシャンプーなんだ』
そう言って彼女はわざと髪の毛を左右に振っては、この匂いを嗅がせようとしてきた。
……まさか、柴田も同じシャンプー?
おそらく駅前のドラッグストアに行けば普通に買えるものだから、柴田が使っていても不思議なことじゃない。
だけど、なんとなく彼女だけの香りではなくなってしまった気がして落ち込んだ。
こうやって町全体が雨に塗りつぶされていくように、彼女との思い出もひとつひとつ上書きされていくんだろう。
それがたまらなく苦しいと感じている内は、この町の雨がやむことなんてないんだと思う。



