紫陽花が泣く頃に



そんな坂口からすれば合併の話は損ではない。でも坂口はどこか他人事のように淡々としていた。学校だけの友人だったとしても、その違和感に気づくくらいの信頼はあったと思っている。

「これ、小暮にやるよ」

それを問う間もなく、坂口はカバンからあるものを取り出した。それは俺が何度も借りた少年漫画の二十七巻。すでに完結済みで読破もしてるけれど、この二十七巻の戦闘シーンが好きで、坂口から何回も借りては読み返した。

『返すのめんどくさいから、いっそのこと借りパクしていい?』なんて、冗談で言ったこともあったけれど、坂口は絶対にあげるとは言わなかった。その二十七巻を坂口は今、なんの躊躇いもなく差し出している。考えなくても、その理由はすぐに察しがついた。

「坂口も行くの?」

「おう。神奈川。家族全員で」

「……そっか」

教室に空席があるぶんだけ、この町から離れるという選択をした人がいる。最初の頃はお別れ会的なことも開かれたりしてたけれど、去っていくクラスメートが十人を越えたあたりからはやらなくなった。

転校は珍しいことじゃない。むしろここに留まり続けているほうがおかしいのかもしれない。

「小暮はずっとここにいんの? 俺みたいに県外じゃなくても親戚ぐらいはいるだろ?」

「親戚は長崎にしかいない」

「長崎、いいじゃん。俺、佐世保バーガー食ってみたい!」

「……でもばあちゃんがいるから」

そう言い返したところで、胸がチクリとした。

「老人ホームにいるんだっけ? 偉いよな、小暮は」

違う、偉くなんかない。ここにいたい理由を言えないから、ばあちゃんのことを言い訳に使っただけだ。