紫陽花が泣く頃に




――『ねえ、千紘くん』

美憂は一緒に出掛けたあの日から毎日のように声をかけてきた。金魚の世話もふたりでやるようになって、四匹の金魚に名前をつけていたことは俺たちだけの秘密だった。

『水飴症候群って知ってる?』

そう聞かれたのはいつだったか。たしか梅雨入りが発表されたばかりの中学二年生の頃だ。

彼女とまた同じクラスになって、ますます話す時間が増えていた。あの頃の美憂はあおちょーで買ったというピンク色の傘がお気に入りで、スタンプカードが全部溜まるほど店の常連になっていた。

そんな美憂が、突然〝水飴症候群〟なんて、耳馴染みのないことを言ってきた。

『ドロップ……シンドローム?』

『この町の言い伝えだよ』

美しい言葉が好きだった彼女は、こういった昔の言い伝えも好んでいた。夜に口笛を吹いたらヘビが出るとか、蓮の葉を頭にかぶると背が伸びないとか。本当かどうかわからない話をよく聞かせてくれた。

『大昔に、ちっとも雨が降らない大干ばつがあったの。食料不足でみんな途方に暮れているところに……って、千紘くん聞いてる?』

あくびをしたところを見られてしまった。美憂が楽しそうに話す顔は好きだ。でも真実かどうかあやふやなことを、あたかも真実であるかのように語り継がれている話が苦手なのだ。

『ごめん、聞いてるよ。続けて?』

『ひとりの女の子が神様に自分の身を捧げる代わりに雨を降らせようとしたの。それで女の子の死後に雨が降ったって話なんだけどね』

『作り話の典型的なオチだね』

『もう、まだ終わってないんだから最後までちゃんと聞いて。でね、本当は雨が降ったのは神様が女の子の願いを叶えてあげたからじゃなくて、残された恋人が彼女の死を悲しんで流した涙が雨になったって話なの』

『その涙が水飴症候群?』

『そう。好きな人を想って泣き続ける涙が雨なんて、素敵だと思わない?』

彼女は傘の持ち手をくるくると回した。同意を求めてくる美憂に対して『うーん』と、口が重くなる。