紫陽花が泣く頃に




放課後。俺はとぼとぼと家までの道を歩く。

午後四時過ぎに降り出した雨のことを、(なな)(さが)りの雨と呼ぶらしい。古くからそうやって雨には美しい名前がついていたりする。

しめやかに降ることを『そぼ降る雨』

梅雨明けした後に再び降ることを『帰り梅雨(つゆ)

帰ることを引き止めるように降り出すことを『()らずの雨 』

誰も使わないような言い方をしては、ただの雨を情緒漂う光景にしてしまうのが美憂だった。


ふと、タバコ屋が目に入って足を止めた。

……柴田は傘がなくて大丈夫だろうか。

一応意識はしていたけれど、ホームルームが終わると同時に柴田はそそくさと廊下に出ていったから、わざわざ追いかけて聞いたりはしなかった。

タバコ屋を通り過ぎたあとは、ひたすら長いあぜ道が続いている。周りに田んぼしかないからか、雨の匂いが濃くてむせそうになった。

もうずいぶんと晴れた日の匂いを嗅いでいない。干したての洗濯物。太陽を浴びたフカフカの布団。眠気を誘う暖かな陽射し。それがどんなものだったのか思い出せないほど、一年という時間は長い。

晴れた日のことを忘れてしまったように、俺もいつか美憂のことも忘れてしまう日が来るんだろうか。

なにひとつ忘れたくないのに、いつか彼女といた日々が雨に流されてしまうんじゃないかと思うと、怖くなる。