紫陽花が泣く頃に



あれはこの町が雨に濡れる三年前。俺が中学一年生の時だった。





大きめに買った学ランは入学して二か月経ってもブカブカで、俺は恥を我慢して袖を捲っていたほどに背が低かった。

「ねえ、どうしていつもひとりでいるの?」

教室の端で本を読んでいた俺に声をかけてきたのは、クラスメートの高木美憂という女の子。透明みたいな肌と、黒目の大きい瞳。長い黒髪は天使の輪がわかるほど艶々していて、セーラー服から見える手足は細くてまっすぐ。彼女は入学式早々に上級生から告白されたほどの美少女だ。

こんな田舎町に、こんな可愛い子がいることにも驚きだけど、もっとびっくりなのはそんな高木さんに話しかけられたことだ。

「おーい。千紘くん、私のこと見えてますか?」

まるで昔からの友達のように、名前を呼ばれた。きっと彼女にとっては普通のことなんだろう。

「見えてる、けど……」

誰が見ても可愛い女の子に、陰キャ男子が声をかけられる。漫画のシチュエーションではありがちな光景だけど、俺からすればあまり嬉しいことではなかった。

先週から始まった声変わりが落ち着いてなくて、すぐに声がひっくり返るからあまり喋りたくなかったのだ。

「千紘くんって部活やってる?」

「………」

「あれ、名前千紘くんで合ってるよね?」

「合ってるけど……」

「よかった。珍しい漢字だよね。それで部活はやってる?」

「やってるけど、やってない」

なんとなく卓球部に所属したけれど、部活に出たのは顔合わせの一回だけ。上下関係が厳しそうな先輩がいたことでやる気を失って、今では立派な幽霊部員になっていた。

「はは、なにそれ!」

高木さんはくしゃりと笑った。右側にえくぼができている。こういうところも可愛いと言われるポイントなんだと思う。

「もしも予定がないなら、千紘くんの放課後の時間を私にくれないかな?」

「え……」

「ああ、でもでも毎日じゃなくて今日だけでもいいの! ちょっと一緒に行ってもらいたい場所があってね」

「お、俺と? どこに?」

「それはまだ内緒」

そして戸惑いを隠せないまま放課後になった。その間、彼女は話しかけてこなかった。つまり声をかけてきたのは二限目の休み時間だけ。もしかして、俺のことを誘って反応を見るという、ゲームかなにかだったんだろうか。疑いはじめたところで……。

「千紘くん、お待たせ。行こっか」

高木さんが笑顔で近づいてきた。べつに待ってはいない。でもいつもより遅めに帰り支度をして、彼女の動向を探っていた時点で、否定はできない気がした。