紫陽花が泣く頃に



「なんで来たの……?」

柴田は露骨に嫌そうな顔をした。まさか美憂がいると思ったから、なんて言えない俺は「べつに」口を濁した。

この先には学校へと繋がっている坂道がある。健全な学生でも息切れ必須の急勾配で、老人からは天国に続く道、なんていう笑えない名前を付けられていたりもする。よって、タバコ屋で休憩したい気持ちもわからなくはないけれど、柴田は一休みしている様子じゃなかった。

「学校、行かないの?」

「行かないんじゃなくて、行けないの」

「なんで?」

間髪容れずに聞くと、柴田は後ろ手に隠していたものを見せてきた。

「壊れたの」

それは骨が折れたビニール傘だった。俺もしょっちゅうダメにするけれど、こんなにひしゃげた状態にはなったことがない。

「今日は無風なのに?」

「そんなこと言われても知らないよ。そもそもこれ私の傘じゃない。自分のは買ったばかりだったし、もっと綺麗だった」

「じゃあ、別の人の傘を持って帰ったってこと?」

「持って帰られたのは私の傘のほう。それで余ってる傘がこれしかなかったから仕方なく……」

なるほど。折り畳みや少し程度が高い傘はみんな自分の教室まで持っていくけど、ビニール傘の場合は昇降口に置かれた傘立てに入れる生徒が大半だ。目印を付けてる人もいるみたいだけど、新品の傘は大抵持っていかれる。俺も何度か被害に遭った。

「あのピンク色の傘は?」

何気なく問うと、柴田はまた不機嫌になった。

言葉に出さなくても〝アンタのせいで使いにくくなった〟みたいな顔をしていた。

たしかに俺は、美憂の傘なんじゃないかと、柴田に聞いてしまった。冷静に考えれば柴田が彼女のことを知ってる確証もないのに、安易に美憂の名前を出すべきではなかったと反省している。

柴田は美憂のことを知っているのか。
それとも偶然が重なっただけなのか。

――高木(たかぎ)美憂って、わかる?

そうはっきり聞けば済む話なのに、柴田を前にすると喉の奥が締まって言葉にすることができない。