紫陽花が泣く頃に



着いたのは築五十年のアパート。錆び付いた階段を上がると、【201】の部屋が見えてくる。濡れた傘を窓の格子に引っかけてドアの鍵を回した。

間取りは2DK。私はこの家でお父さんと二人で暮らしている。

今日、お父さんは帰ってこない。運送屋の仕事をしていて、今は九州のほうまで荷物を運んでる頃だ。

空気の入れ替えのために、窓を少しだけ開けた。視線の先には大きな陸橋があって、そこを越えると住所は隣町になる。

栄えているわけでもなく、人が集まる場所と言えば教習所くらいだけど、この町との大きな違いは、空が明るいことだ。

雨がやまない現象は、この町だけで起きる。だから隣町との境目はちょっとしたミステリースポットになっていて、雨が降っているところと降っていないところを跨いで写真を撮ることが流行っていた時期もあった。

でも、話題になるのは最初だけ。バカみたいにタピオカが流行って廃れていったのと同じように、雨がやまないこの町も関係ない人にとっては、どうでもいいことなのだ。

――『和香ちゃん、大好き』

ふと、あの子の声が聞こえた気がした。

みんな私のことを嫌っていくのに、あの子だけは飽きずにいつもそう言ってくれていた。

でも私は一度も〝美憂〟に大好きと言ったことはない。

今さらなにを思ったって、美憂が帰ってくるわけじゃないのに、後悔ばかりが押し寄せてくる。

本当にこんな気持ちはうんざりだ。