「あの、二階堂様!
二階堂様はいつお暇なんですか?
早く剣道を教えて欲しいです。」
龍一は期待の眼差しで正臣を見る。

正臣は苦笑いしながら龍一に話しかける。

「お姉様達を守れる強い男になりたいんだよな。姉様の体調さえ大丈夫なら、明日からでも剣道を教えてやろう。」

「ありがとうございます。
香世姉様、僕が悪い人からお姉様達を守るからね。」

香世は嬉しそうに龍一を抱き上げる。

「ありがとう。龍ちゃん重くなったねー。
姉様は龍ちゃんが怪我したり痛い思いをするのは嫌だから、ちゃんと正臣様の言う事を聞いてね。」

「はい。」

元気良く返事をして香世にぎゅっと抱き付く。香世もぎゅっと龍一を抱きしめる。

その横で正臣はハッと香世を見入っていた。

今、俺の事を名前で呼んだ…

目覚めてからの香世は二階堂様と他人行儀で呼んでいたのに。

本人は無意識だったのかも知れないが、
もしかしたら失った記憶をいつか思い出す事もあるのかも…と、淡い期待を持つ。

正臣は、香世から龍一を抱き上げ片手で抱え、片手で最後の荷物を持って歩き始める。

「荷物を運んで来る。」
そう言って病室を出る。

駐車場に向かう廊下を歩きながら龍一に問う。
「龍一君は何故、剣道をやってみたいんだ?」

「剣道だったら僕でもお父様に勝てるんじゃないかと思ったんです。」

「君は樋口家にとってたった1人の男だから、家族を守らなければいけない。
だけど、父上だって家族なのだから、
戦うよりも認めて貰うようにならなければいけないんじゃないのか?」

「でも、お酒を飲んで酔っ払って香世姉様に手をあげるお父様は嫌だよ。
だから、僕は強くなって守るんだ。」

正臣はやはり、香世を実家には帰したくないと本気で思う。

「そうか…俺も君と一緒に姉様を守りたいんだ。いいか?」

「本当に?良かった。
だったら香世姉様は安心だね。」
ニコニコと笑う龍一がぎゅっと正臣に抱きついて来る。

可愛いな、と思いながら頭を撫でる。

「お姉様と二階堂様はいつ結婚するの?」

「出来れば今すぐにしたいけど、
今の姉様は俺の事を忘れているんだ。」

子供に話す話では無いのかもしれないが、
正臣は弱ったような顔をして龍一を見る。

「きっと姉様は心のどこかで二階堂様の事は忘れてないよ。
絶対思い出すから大丈夫だよ。」

「そうだな。思い出してくれるといいんだが。」
子供にまで慰められてしまったと、正臣は苦笑いする。