その日は、1日朝から雨が降っていた。
窓から伝わるひんやりと冷たい空気が湿気を孕み、気怠い意識の中から目を覚ます。

横を見ると、コウヤがベッドの中で犬の姿になって眠っていた。
起きた後も人間の姿になる気配がまるでない。
やはり、新月の日は、人間になれないというのは、本当らしい。

必要な買い物は、昨日の内に済ませておいたので、今日は、一日ゆっくり家で過ごすだけでいい。
簡単な朝食を済ませると、私は、録り溜めていた映画を消化することにした。

「……なんで、映画やドラマって、こうすぐ相手の人を好きになるのかしら」

ポップコーンを口に含みながら、見ている映画に向かって不平を漏らす。
不平というよりも純粋な疑問だ。
作り物の映画やドラマに向かって文句を言っても仕方ないのだが、いつも思ってしまう。
映画やドラマも好きだけれど、私は、どちらかというと、ゆっくり恋に落ちて行く過程を感じることのできる小説の方が肌に合っている気がする。

一目ぼれというのが私はイマイチ理解できない。
要は、外見だけしか見ていないということではないのか。
果たして、それが本当に真実の愛と言えるのだろうか。
実際に付き合ってみて、やっぱり何か違うな、と思うことだってあるだろう。
それはそれで仕方ないとは思うけれど、それなら”真実の愛”とやらは、一時の気の迷いや錯覚でしかないのではないだろうか。

くぅーん、とコウヤが甘えた声を出す。
私が横を向くと、可愛い顔を傾げて、こちらの見上げる黄緑色の瞳がある。
その目が”俺を見て”と言っているようで、思わず笑みが零れた。

いつもなら私の独り言で終わるだけのセリフが、犬の姿をしているとは言え、コウヤが傍で聞いていてくれる。
そのことに心がほんのり温かくなるような気がして、こんな生活も悪くないかなと思った。

その映画は、宇宙からやってきた謎の生命体が人間の(イケメン)の姿に化けて、地球侵略を目論む、というちょっと不思議な内容だ。
何人もの地球の女性たちが彼の虜になっていくのに、たった一人だけ彼の言いなりにならない女性がいた。
それがヒロインだ。
宇宙人男は、彼女(ヒロイン)を自分に振り向かせようと躍起になっているうちに、彼女を本当に愛してしまう。
彼女(ヒロイン)の方も、初めは嫌っていた筈の宇宙人男(彼女は宇宙人とは知らないのだが)に次第に惹かれていく。
そして、宇宙人男は、自分の星の仲間たちと恋人である彼女(ヒロイン)の狭間で苦悶し、最後は、彼女を命がけで守り、仲間と闘うことになる。

これだけ聞いていても、超のつくB級映画だ。

(宇宙人って言えば……コウヤも半分、宇宙人のようなものよね)

そう思って、私は、横で伏せて一緒に映画を見ているコウヤを横目で見た。
異世界人も宇宙人も、私とは違う世界の人、という意味では似ている気がする。
犬から人間に変身するところまで、まさしくこの映画の宇宙人と同じだ。

(実は、本当に宇宙人だったりして……)

まさかね、と思いながらも私の妄想は膨らみ、コウヤが私に隠れて夜な夜な自分の星の仲間たちと連絡をとり合う姿を想像して、何だか笑えてしまった。
コウヤが私の笑い声に気付き、こちらを向く。
映画では、ちょうど宇宙人たちの軍団が地球へ襲い掛かって来るシーンで、決して笑えるような場面ではない。

宇宙人たちの攻撃から身を隠しながら、宇宙人男が彼女(ヒロイン)へ向かって、自分の正体を明かす。
彼女(ヒロイン)は、裏切られたと知り、宇宙人男に平手をくらわすと、涙を流しながら危険な外へと一人走って行く。
それを必死に追い掛ける宇宙人男。

コウヤは、先程から映画の内容を理解しているのか、意外と夢中になって画面を見ている。
犬の姿をしている所為で、それが妙に滑稽に見え、私は、内心笑ってしまう。

(コウヤは、どうして私を好きになってくれたんだろう)

純也の時もそうだったが、正直自分でも見栄えがそこまで良いわけでもないし、性格だって内向的で、時々きつい物言いになることもあり、どちらかというと人から誤解されるタイプの人間だ。
自分が男だったら、私を好きにはならないだろう。

(むしろ、百合みたいな愛嬌があって見た目も可愛い子の方がいいわよね……)

私は、もう半分なくなったポップコーンに手を伸ばす。
コウヤは、犬の姿の時でも人間の食べ物に興味を示すのだが、今は映画に夢中でポップコーンに口をつけようとはしなかった。

画面の中で、宇宙人男が彼女(ヒロイン)を危険から救い、愛を囁いている。
彼女(ヒロイン)も、自分を命がけで助けてくれた宇宙人男に熱い眼差しを返す。

(相手は宇宙人よ、地球外生命体よ。
 外国人と結婚するのとはワケが違うのよ。
 どうして、そんな簡単に愛を貫けるのかしら)

国が違えば、文化も生活も価値観だって違う。
それが住んでいる惑星が違う相手なら尚更のこと。
世界の異なる相手を好きになる、それは、とても勇気と決断力のいることではないのだろうか。

その時、玄関先からインターホンが鳴った。