「── 怖かったよな……。ああ、葉菜を抱きしめてやりたいのに。この制服を、こんなにも鬱陶しく思ったのは初めてだ。今すぐ脱ぎ捨ててしまいたい」

「……ふ、ふふ……」


真顔でそんなことを言うおまわりさんに今度は心からの笑みが溢れて、ふにゃりとおかしな顔になってしまった。


警察官という立場の彼に今抱きしめてもらうことはできないけれど、そんな風に言ってもらえるだけで心を丸ごと抱きしめてもらえた気持ちになるからもう十分だ。

どうして笑われているのかわかっていない目の前の彼の困惑顔がまた可愛くて、私の方が抱きしめたくなってしまうから困る。


それから、幾分落ち着いた私は口を開く。


「でも志貴くん、どうしてここに?」

「葉菜の帰宅する時間帯にこの辺りを巡回するつもりでいたんだ。だが、何となく胸騒ぎがしてその前にスマホをチェックさせてもらったら、葉菜からの着信がきていて。出ても応答がないとわかった瞬間、鶴崎さんを連れて交番を飛び出していた」


……あの電話は、ちゃんと志貴くんへ繋がっていたんだ。


必死だった。

例えるなら遭難しかけた雪山で、電池残量1%、微弱な電波の中縋るようにかけた電話のようだった。

だけど志貴くんは、私のSOSに気づいてくれた。

ちゃんと、助けにきてくれた。


「── 間に合って、本当によかった」


私をまっすぐに見つめる双眸が安堵に緩む。


「── あなたを守ることができて、本当によかった」


その眼差しに、その言葉たちに。

心が震えて、一度は引っ込んだはずのそれがたちまち膜を張った瞳からぽろ、と溢れた。


「今は抱きしめてやることができないんだ、頼むから泣かないでくれ……」


警察官の立場を(わきま)えている彼が、苦悶に満ちた表情を浮かべてこちらへ手を伸ばそうとする。

だから私はごしごしと流れ出た涙を自分で拭って、精一杯の笑みを浮かべて言った。


「……ちゃんと待ってるから。ちゃんと、覚悟して待ってるから、帰ってきたらその時は……、」


すると、志貴くんの切れ長の瞳がまあるく見開かれるから、私の言葉は途中で止まってしまう。


「……葉菜は、そうやって無自覚に煽ってくるから困る……」

「え……っ⁉︎違っ……!」


瞳を揺らめかせ口元を手で覆いながらそう言った彼は、私に言い訳をする隙も与えず、それはそれは深い深いため息を吐いた。


「……残念ながら、もう並大抵の覚悟じゃ追いつかないと思うから」


そしてそんな恐ろしい爆弾をサラッと投下したかと思えば、警察官の顔の下に恋人の顔を仕舞い込んで、調書をとりに行った後そのまま私を志貴くんの家まで送り届けてくれた。