「ごめんなさい、光司くん。私は、あなたとはやり直せません」

「なんで!」


きっぱりと伝えれば、また一歩距離を詰められる。

その迫力に怖い、と思うけれど、彼のことを思い浮かべれば自然と勇気が湧いてくるし、踏ん張れる。

志貴くんが、私の背中を押してくれる。

付き合っていた頃、遠慮してばかりで光司くんに言いたいことも言えずにいた、あの頃の私とはもう違う。


「今、お付き合いをしている人がいるの。とても大好きで、大切な人」


思い浮かべるだけで、愛おしさが溢れる。


「……ああ、その顔。オレにもよく見せてくれてたよな。……なぁ、もう一度その顔、オレにだけ見せてくれないか?今度こそ大切にするから。お前、オレのこと大好きだっただろ?」


ところが、恍惚とした表情で一気に距離を詰めてきた彼にグッと腕を掴まれ、瞬時に顔が強張った。

ついさっきまで自分がどんな顔をしていたかはわからないけれど、その言葉に先ほどまでの勇気がしゅるしゅると萎んで、代わりに恐怖がじわじわと湧いてくる。

どうしよう、何も伝わらない。

これ以上何を言えば、彼は諦めてくれるだろう。

もう好きじゃない。だけど、今それを言ってしまうのはダメな気がした。


「……痛いよ光司くん……。離して……」


そう訴えても、全く聞き入れてもらえる気配はない。


「なぁ、葉菜。オレには葉菜だけだって気づいたんだ。お願いだから、やり直そう?」


それどころか、ますます力が強くなっていく。


「……やだ……、離して……!」 


恐怖で足が竦む。身体が震えて力が入らない。志貴くん以外に触れられるのはイヤなのに、この手を振り解けない。


「なぁ、葉菜!」


も、やだ、助けて志貴くん……っ!

もはやなす術もなく、心の中で必死にその名を呼んだ瞬間、だった。



「── そこで何をしているっ!」



突如重い静寂を切り裂くような声が響き、光司くんがハッと私の背中越しに目を凝らす。

私には、振り返らずとも誰だか分かってしまう。

この一ヶ月で彼の深くて優しい声は何度も耳にしてきたけれど、こんなに険のある鋭い声は初めて聞いた。