「さっきからずっと、葉菜に触れられないのがすごくもどかしい」
「……っ、」
「大丈夫だと、抱きしめてやりたいのに」
言いながら私に向かって伸びてきた手が逡巡し、それはやがてぎゅ、と空を掴んでから力なく垂れた。
……その気持ちだけで、私はもう十分だった。
だけど、自分が当事者なのかそうでないのか不明瞭なままひたひたと迫り来る不穏な影に、少しずつ心が疲弊してきている自覚はあって。
だから、触れ合う体温と包んでくれる腕の力強さから与えられる安心感が恋しかったのも事実で。
「……帰ったら、」
「ん?」
「帰ったら、抱きしめてほしい……、です」
「……っ、ああもう……」
ついポロリと弱った心から素直に漏れ出たそれに、志貴くんは一瞬苦悶に満ちた表情を浮かべた。
……えっと、言ったらダメ、だったかな……?
「……今日は第二当番だから帰りは明日の十一時頃になるが、待っていて」
でも、それからすぐに表情を和らげた志貴くんにそう告げられて、ほっとした私はこくこくと頷く。
「だが、抱きしめるだけで終わる保証はできかねるから、覚悟しておいて」
「……え?」
「── では、お見送りありがとうございました、葉菜先生」
……一体、彼のオンとオフの切り替え方はどうなっているのか。
蠱惑的(こわくてき)な表情で意味深なセリフをさらりと吐き出した次の瞬間には、凛々しい警察官の顔で敬礼をして、彼はパトカーに乗り込みあっという間に去っていってしまった。
── あとに残された私がその意味を理解して、途端に乱された脈拍と赤く染まった顔を元に戻すことに全力を注ぐ羽目になったのは、言うまでもない。



