「── もう連絡は来なくなったし、だから余計な心配はかけたくなくて言えなかったの。ごめんなさい……」
私の謝罪まで聞き終えた志貴くんは、深いため息と共に私をぎゅっと抱きしめた。
「頼むから心配くらいさせてくれ。知らないまま何かあったらと考えただけでゾッとする」
「うん、ごめんなさい……」
「本当に、もう連絡はないんだな?」
抱きしめていた腕を解いて、今度は私の両頬を包みながら瞳の奥を見透かすように聞く。
「うん」
「ちなみに、家に押しかけられたり待ち伏せされたりは?」
「え⁉︎それはないよ⁉︎」
「……そうか。ならいい。本当は連絡が来ていた時にオレから釘を刺せればよかったが。……いや、今からでも刺しておくか」
ブツブツと真顔で呟いた志貴くんに、私は慌てて待ったをかけた。
「平気だよ……⁉︎もう連絡も来てないし、それにできればもう、このまま連絡は取りたくないし……」
できることならもう元彼とは関わりたくないしこのまま忘れてしまいたいのが本音で、連絡が来なくなったのならそれだけで十分だ。
眉をハの字に下げた情けない顔でそう言えば、志貴くんの眉も同じように垂れ下がった。
「……だが……、……いや、わかった。その代わり、しばらくはうちに泊まってくれないか?オレの安心のために」
まだ何か言いたそうだった志貴くんだけど、私の気持ちを汲んでくれた彼は私の頭をくしゃりと撫でてそう言った。
「え?」
「葉菜の家はアイツに割れているからな。万が一に備えてだ」
「……志貴くんは、元彼がうちに来ると思ってる……?」
「あれだけしつこく連絡を寄越していたくらいだ、万が一は想定しておいた方がいい」
その言葉に、私がよっぽど不安そうな顔をしていたからだろうか。少し間を空けた後、
「……というのは建前で、それを口実にオレがただ葉菜と一緒にいたいだけだと言ったら引くか?」
と、彼はちょっとだけ困ったように微笑んだ。
「……ううん、一緒にいられるのは私も嬉しい、よ?」
言いながらぎゅ、としがみつけば、ほっと小さく息を吐いた志貴くんが抱きしめ返してくれる。
「……よかった。職業柄、オレはどうしても万が一を考える癖がある。杞憂に終わることも多いが、不安にさせるようなことを言ってすまない」
「ううん。心配してくれてありがとう。じゃあ、お言葉に甘えます。私も気をつけるね」
「ああ。何があってもオレがちゃんと守るから」
その言葉に、込められた腕の力に、伝わってくる優しい体温に、少しずつ不安が溶かされていく。
「……ふふ、かっこいいね、いぬのおまわりさん」
今度は私が彼の胸にぐりぐりと顔を埋める番だった。
── この時の志貴くんの判断が正しかったのだとわかるのは、もう少しあとのこと。



