「……犬飼さん?」

「お疲れ様。そろそろかと思って、散歩のついでに迎えにきた」


柔らかな笑みをたたえた双眸に見つめられて、心臓がきゅん、と小さな音で鳴いた。


「ありがとう、ございます……」


犬飼さんは今日が週休だと言っていたけれど、ついでとはいえわざわざ迎えにきてくれるなんて、とても優しい。

でも自分の気持ちを自覚してからというもの、その優しさを受け取るたびにいつの間にかくすぐったくなるような嬉しさと、同時に少しの切なさを伴うようになってしまった。

彼のそれはいつも春の陽だまりのように私の心を温かくしてくれるけれど、たまにふと、そこにこうして影が差す。

それは、彼が誰に対しても優しさを差し出せる人だと知っているから。

もちろん警察官という職業柄もあるのだと思う。

でもそれを抜きにしても、私が目にする時の彼は、いつも優しい。

だから私に差し出されるそれも、彼に取ったら取るに足らない当たり前のことで。

なのにそれを純粋に受け取ることができなくなってしまった自分に、罪悪感が募る。

私はそんな微妙な気持ちを誤魔化すように、彼と並んで歩きながら他愛のない話に没頭するのだった。



あっという間に辿り着いてしまった犬飼さんのお部屋にお邪魔すれば、家飲みの用意は完璧に整っていた。手土産として持参したおつまみも、そこへ加えてもらう。

ちなみに犬飼さんが鶴崎さんからいただいたというおつまみは、めんたい博多漬けという、松前漬けに辛子明太子を混ぜ合わせたものだった。

ご実家から送られてきたものをお裾分けしてもらったと言っていたから、恐らく鶴崎さんは九州のご出身なのだろう。

……鶴崎さんが九州男児だったとは、意外過ぎる。


「なに飲む?今日はビール以外も用意してあるけど、管を巻くくらい飲み過ぎないようにな?」


私の向かいに腰を下ろした犬飼さんにそう悪戯っぽく覗き込まれ、瞬時に顔が火照る。


「犬飼さんって、実はそういうところありますよね……?ちょっと意地悪っていうか」

「葉菜先生が可愛くてつい、な」


ちょっとむくれてそう言えば、軽い反撃のつもりが呆気なく返り討ちにあってしまった。